題詠百首選歌集・その36

 梅雨明け宣言はまだだが、暑い日が続く。今年は例年より台風が多いような気がする。幸い東京近辺にはさしたる影響はないが、瀬戸内海沿岸の私の郷里はしょっちゅう脅かされているようだし、西日本の皆様は本当に大変だと思う。お見舞い申し上げる次第だ。こんな面でも「地域格差」があるということだろうし、世の中不公平なものだとも思う。

  選歌集・その36


014:温(179〜204)
(多田零)温もりがわたしのなかにやつてきてチワワに向かひほほゑませをり
018:酸(155〜179)
(きゅん) やわらかく二酸化炭素を吐き出して雨粒みたいな恋にさよなら
(一夜)炭酸の細かき泡を数えては 遠い昔の恋思い出す
028:カーテン(105〜130)
(黄菜子) 吾の夜を守りて閉じるカーテンの外(と)を妖精のとびゆくらしも
(小籠良夜)泥酔のコキュに応ふる故もなしと寝屋のカーテン揺れて戻らず
041:障(76〜101)
(黄菜子)気障りをひとつ脱ぎ捨て駆けゆかん月光に照る時計台まで
(寺田 ゆたか) 目に障(さや)るものなき海に真向ひてロカ岬地を切り落し立つ
(佐原みつる) 差し障りのない言葉はもう選ばない一息に飲むオレンジジュース
(きくこ)悲しくも弾む音色の手風琴かもす青空なに障り無く
(萱野芙蓉) きのふけふ上手に生きたかなしさよ差し障りなく言葉うすめて
(里坂季夜)小一時間当たり障りのない言葉さがし続けて理事会終わる
042:海(76〜104)
(村本希理子)家中を閉ざして籠る雨の日は海の匂ひをこひしがる犬
(寺田 ゆたか)ヴェネツィアの海の上(へ)に浮く聖堂の塔の尖りは空にとけゆく
(佐原みつる)海へ行く列車の窓にまだ少し迷いの見える横顔がある
(萱野芙蓉) 絶え間なく海鳴ることを怖れつつ胸処の波をふかく眠らす
055:労(51〜75)
(中村成志)鳶色の疲労をシャムロックの花に吸われつつ聴く午後5時の鐘
(nnote)労いの言葉をかける術もなくあなたの街に紫陽花は咲く
(村本希理子)慰労会を抜け来しひとはソファーにて眉間ふるはせ目瞑りてをり
056:タオル(53〜82)
(村本希理子)糸を切ればタオルに戻る白うさぎ父は子知らず子は父しらず
(黄菜子)梅雨明けをたのむ心にさらり巻くスカイブルーのタオルマフラー
(澁谷 波未子)タオル地のスカート纏ひ風感ず 今年も我に夏訪れて...
066:切(26〜50)
(野良ゆうき)切り結ぶ覚悟もなくてうつむいたままで世界を見ぬふりをする
(原田 町) 携帯の電源を切る雨の午後ひとりでゐたき思ひのありて
(新野みどり)爪を切りマニキュアを手に好きな曲掛けて届かぬ恋を忘れる
(惠無)切り抜いたピースを全部集めても浮かんでこないアナタの笑顔
(青野ことり) 切なさを色に託して塗りこめば稲穂も風も沈む薄青
(村本希理子)俎に滲むゆふやけ にんじんを半月・銀杏と薄く切りをり
068:杉(26〜50)
(ドール)何回も根元を掘って確かめた土筆誰の子 杉菜の子供
(aruka)薔薇の日々が子供のようにはしりさり時の杉の戸はもうひらかない
070:神(26〜51)
(原田 町)何万の生け贄ささげしアステカの神殿跡とふ陽はまた昇る
(ドール) やわらかな灯はともりゆき神楽坂毘沙門寄席の夜ははじまる
(星桔梗)神妙な面持ち崩さぬ神主の含み笑いがふと気に掛かる
(五十嵐きよみ)うちとけた女同士のおしゃべりの相手に不向きな自由の女神
(村本希理子)天神のにうつと白き存在論 種噛み砕き取り出だしたる