題詠百首選歌集・その37

 梅雨が明けて、暑い日が続く。ヒロシマナガサキ、いずれも暑い日だったのだろう。その一瞬がなければ命永らえたであろう人々、そしていずれ生まれたであろうその人々の子や孫・・・、その瞬間に、この地球は、別のパラレル・ワールドに移行してしまったような気もする。憤りや悲しみは別として、そんなとりとめもないことも考えてしまう8月だ。


          選歌集・その37


001:始(269〜293)
(minto) 紫陽花の百物語が始まりぬ未知の世界を旅するやうに
(JEUX INTERDITS)始まりは唐突だった だからこそ終わりにしたくなかった二人
(うめさん)鼾のごと空気ふるはせウシガエル蓮咲く池に鳴き始めたり
(あんぐ)ビッグバンでスタートしたるこの宇宙 始まりはいつもお祭り気分 
(下北佐古) もう二度と逢えないような気にさせる彼の背中で朝が始まる
002:晴(253〜277)
(多田零)薔薇色をほんのつかのま宿らせて窓のむかうの海は晴れゆく
(岡元らいら) 晴空の青の向こうにある夜の闇を思って弾くノクターン
(うめさん)今年もまた母の忌日は晴れてをり照子享年六十二歳
019:男(152〜176)
(miho)変わったのは男のほうだと知ったから涙こぼれた七夕の夜
(癒々)最遠点なのかもしれない立ち位置にはあなたが男のひとである罠
(内田誠) それぞれを見失うほど遠くなる「男」と「女」にされる夏の日
020:メトロ(153〜178)
(きくこ) 矢印と記号の世界ちかふかく螺旋描いてメトロは古代
(描町フ三ヲ)安息を罪と感じる蟻たちのメトロノームはいつもアレグロ
(ちえりー)恋破れ、心揺れても変わらずにメトロノームはテンポを刻む
(moco)ゆっくりとメトロノームの捩子を巻く 正しいことの正しさのため
024:バランス(126〜151)
(小籠良夜) 公転のくびきを解きて月は離(か)る真夜みだれゆく星のバランス
(きくこ)化粧してバランスなくす面相に補修も効かぬ月曜の朝
(ハルジオン) バランスをとれずに泣いてばかりいた私の中にある昼と夜
(睡蓮。)精神のバランスを欠くこの頃はうっかり花を枯らしてしまう
025:化(127〜151)
(宮田ふゆこ)唇からサイダー目から青空をそそいで化学反応を待つ
(桑原憂太郎) 友達にそそのかされたと親が言ふ化かす相手は我にはあらず
029:国(103〜128)
(上田のカリメロ) 国という文字にこめられ願わくば 囲われの身の宝守りぬ
飛鳥川いるか) 地下鉄の駅にさらさら異国語の短冊揺れる七夕の夜
030:いたずら(103〜127)
(繭) いたずらのごとき蟲飼う我なれば臓腑のねじれる心地せる夜半
(佐倉すみ)いたずらにじゃれる子猫の脇腹のように危うく柔らかな恋
(やすまる)最初から勝ち負けじゃない いたずらに風になぶられ歩くビル街
(桑原憂太郎) 悪質ないたずらとしてすますのか保護者は何度も校長に問う
043:ためいき(78〜102)
(村本希理子) ためいきをつく犬ばかり増えてゆく町に広がる暗い夕焼け
(寺田 ゆたか) 恋びとのためいきを聞くここちすと春夫うたへる季(とき)も去りけり
(黄菜子) リラ冷えのためいき橋を渡りゆく影ほの白くひかりおびたる
(澁谷 波未子) ためいきの数を数へて過ぐしたる 君に逢へない長き夏の夜...
(月原真幸) ためいきのかたちをさとられないようにくるくるまいたマフラーの冬
(やすまる) 風のない四角い部屋から朝へ出るためいきをひとつ留守居に置いて
071:鉄(26〜50)
(本田鈴雨) 鉄線の花えがかれし扇子から立つ白き風むらさきの風
(春畑 茜) 鉄塔はあまたの線に繋がれて今ここに立つことに耐へをり
(五十嵐きよみ)地下鉄の路線図のごと入り組んで色あざやかな人間模様
(惠無)潮風に錆付く鉄扉を通り過ぎ今年の夏も駆け足で行く