題詠百首選歌集・その41

 今日、明日と東京も台風らしい。いまは降っていないが、時として激しい雨が降る。仕事から離れた身としては、夜に出掛ける機会は比較的少ないのだが、皮肉なことに、今日、明日に限って夜の会合がある。いささか億劫なところではあるが、今日のパーティーは私も世話人の一員なので、ズルを決め込むわけにも行かない。嵐が激しくならないことを期待するのみだ。

 
  選歌集・その41


004:限(250〜274)
(あんぐ)限りある命の炎もてあまし海のうねりを照らす夕暮れ
(橋都まこと)限界を超えてしまって病院のベッドで過ごす六月の雨
015:一緒(182〜206)
(椎名時慈)一緒にはあんまり長く居れないね また逢えるよね バイバイ諭吉
(桑原憂太郎)給食のときも先生一緒なのと支援学級のC子手を引く
(一夜)人生の積木一緒に積みあげて 崩れる様を静かに見てる
(園美) 押し寄せる波に足を踏み入れて一緒に濡れる友に微笑む
026:地図(132〜156)
(あおゆき) 鏡像の脳内地図に忘却の河を探せど砂吹くばかり
(ハルジオン)もう古い地図を破って僕たちは風になるのをただ待っている
(うめさん) グーグルの地図にわが家の屋根顕る宙より監視されゐるごとく
(y*) 合併で町の名前が消えてから祖父は未だに地図を買わない
(David Lam)ひよつとして見るべき地図を間違へて生きてきたかと 四十四の秋
今泉洋子)なんとなく寂しい日には地図ひろげ君の住む街へひとり旅する
(大辻隆弘)地図帳を閉づればしづかなる闇に浸されをらむ砂漠の死者も
034:配(103〜127)
(萱野芙蓉)人であること離れたきひと日なり午睡のふちに猫の気配す
(月原真幸)雑踏でこっそり耳をふさぐとき私のなかのうさぎの気配
(やすまる)玉の緒の長夜の闇へ沁みてゆくわたしに朝が配達される
(みずすまし)軒下に風鈴揺れる音さびし 秋の気配は風に潜みて
039:理想(102〜126)
(里坂季夜)棚に上げ自然発酵させていた理想と義理はたしかこのへん
(佐倉すみ)理想なら捨てないでいる泣きそうな君の強気な眉毛のために
049:約(77〜101)
(月原真幸) さかむけの指で交わした約束を思い出すたびクリームを塗る
(寺田 ゆたか) 十年(ととせ)経て安房の荒磯に逢はむとふ約果たされず浜木綿は咲く
(佐原みつる) 先約があるからと告げ誰ひとり待つことのない駅に降り立つ
050:仮面(76〜100)
(寺田 ゆたか) 白塗りの仮面をぺたり付けたるか雨やむ朝の浅間嶺の顔
(佐原みつる) 訪れを待ち続けてもしょうがない 青い仮面をポストに落とす
063:浜(51〜75)
(村本希理子)マシン油の匂ひの混じる浜風に錆びゆく町の夕光暗し
(橘みちよ)漁り火の海に灯れば踏みしむる浜辺の砂のにはか冷えそむ
(愛観)八月が終わる浜辺で足裏の砂崩していく波のざわめき
064:ピアノ(51〜75)
(振戸りく) 何年も調律せずに放置したピアノを連れて嫁に行きます
(ぱぴこ)伴奏を囲んで歌う教室の指紋だらけのグランドピアノ
(きくこ)老いたるもピアノを前に変貌すルービンシュタイン弾くは熱情
(よさ) 静寂はあの日の夜を想うからピアノの音に埋もれて眠る
(橘みちよ)十四の夏むかふる少女練習せるピアノの音色ふかみ帯びたり
(ももや ままこ) 懐かしいピアノの曲はタイトルを知らないままでまた耳にする
(愛観)夕暮れはオシロイバナの窓の向こう 途切れ途切れのピアノ・エチュード
(白辺いづみ) 窓のひかり少女の微熱森の風五月ピアノは水滴を生む
(月原真幸)でたらめに叩くピアノの鍵盤に隠した悪意をつきつけられる
083:筒(26〜50)
(村本希理子) 感情を気取られぬやう大切な手紙は茶封筒にて送る
(五十嵐きよみ)封筒の裏に書かれたイニシャルを見るまでもなく香りでわかる
(小春川英夫) 水筒とリュックと帽子の人達が降りない駅で私は降りる