題詠百首選歌集・その42

       選歌集・その42


011:すきま(207〜231)
(藤生 琴乃) 僕じゃない頃の日記を読み返し記憶のすきま埋める毎日
(moco)初夏(はつなつ)の淡い光を掻き集めスーツケースのすきまを埋める
(大辻隆弘) 夏雲のすきまの青を埋めてゆく雲それさへも影に汚れて
(*ビッケ*)5時までのすきまを埋める引き出しの輪ゴムクリップちびた消しゴム
012:赤(202〜227)
(まかしきょう)うつむいて真っ赤になった答案を眺めるような別れの時間
(y*)足音が空回りする九月です。 赤いシューズは未だ箱の中。
016:吹(182〜206)
(みずすまし)吹きわたる風の寂しき夕暮れは 落ちゆく朱(あか)に 我も染まりし
(ちえりー)君が吹くトランペットの呟きが心にしみる夏の夕暮れ
(大辻隆弘)朝吹きをしてゐた風がためいきに曇りはじむるまでを立ちたり
017:玉ねぎ(181〜205)
(内田かおり) 軒下に釣り下げられて玉ねぎの幾つ重たげ小雨の向こう
(牧野芝草)月曜日(泣いた理由を玉ねぎになすりつけつつ)おはようと言う
(岡元らいら)戦線にかなしく転がる手榴弾こっそりぜんぶ玉ねぎになれ
(空色ぴりか)玉ねぎの皮むきながら来年もここに来られたらいいなとおもう
(大辻隆弘) つややかに剥き玉ねぎは並びたり骨の匂ひに浸さるるため
036:湯(104〜129)
(桑原憂太郎)喧騒が飽和してゐて湯湯婆の温みのやうな午後の教室
(わたつみいさな。) 湯上りのバスタオルにも嫉妬するあなたを包む術などなくて
040:ボタン(102〜126)
(里坂季夜)刺繍入りくるみボタンをひとつだけ残しあの日のブラウス捨てる
(一夜)「押さないで」書かれたボタン押してみる 不倫の恋はそんな始まり
051:宙(77〜101)
(うめさん)生温く吹く風にさへ苛立ちて宙ぶらりんな我を消したし
(萱野芙蓉)水禽の飛び立てばいよよかがやけり宙より遥かとほき蒼天
(一夜) 17の夏をダラダラ見送って 宙ぶらりんなそれも青春
052:あこがれ(78〜102)
(寺田 ゆたか) 『あこがれのパリへ』などとふ広告が紙面にあふれ夏休み来る
(佐原みつる)柔らかい竹で作った虫籠をあこがれとして窓辺に残す
(やすまる)あこがれはねむりのてまえのこんいろへしめやかにくるしたたるように
(本田あや)あこがれを言い訳にして左手が包まれるのを3分許す
082:サイレン(26〜50)
(新井蜜) 正午にはサイレンが鳴る古里の午後の通りを豆腐を買いに
(中村成志) 岸壁にサイレンは鳴るしらとりの風切る音の下をくぐって
(うめさん)水を打ちサイレン鳴らして始まれるドラマも残りあと三試合
085:きざし(26〜50)
(春畑 茜)快方のきざしに今日のわれの眼に青あぢさゐの花があかるし
(本田鈴雨)夕陽さす街ゆく車閃きて なにか明るききざしのごとく
(野良ゆうき) 不都合なきざしはあえて見過ごして芽の出ぬ種となれよと願う
(香山凛志)咲くきざし朽ちるきざしを共に持つ一輪挿しのなかの共鳴
(五十嵐きよみ)出会いとは別れのきざし別れとは出会いの萌芽 水めぐりゆく