題詠百首選歌集・その43

 このところ、降ったりやんだりの天気が続き、気温も大分下がって来たようだ。「秋霖」と呼ぶにはまだ早いのだろうが、秋の爽やかさはほとんど感じられないこのところの天候だ。投歌のペースは少し上がって来たような気もする。


     選歌集・その43

022:記号(154〜179)
滝音) まだ慣れぬハ音記号はよろめいて先輩ビオラへ恋の始まり
(杉山理紀) さっきまで思えた事がぱらぱらな記号になって夜に散らかる ?
(内田かおり)いつのまに記号化される我なるか機械はカードに声で答える
(大辻隆弘) 記号論かまびすかりし彼の夏のシャギーを入れたワンレンの髪
(紫歌) 恋文は記号でかはす契りなり薄桃色のエアメール受く
027:給(127〜152)
(宮田ふゆこ)給料日だしと自分にささやいてananセックス特集を買う
(うめさん)炎天に給水塔のなかのみづ滾ちゐるべし遁れむとして
(大辻隆弘)月明のさし入る椅子に坐しながら「さうか。」と言ひて許し給ひぬ
(小埜マコト) 星が降りひとつふたつと辿ったら給水塔に消えていく夏
053:爪(76〜100)
(橘みちよ)あれし手の爪にマネキュア塗る夕べ処女(をとめ)のごとく華やぎをもて
(寺田 ゆたか) 霧雨に沈むホテルのうすあかりベッドに座してひとり爪切る
(うめさん)深爪は父より倣ひしひとつなり深く爪切る夫を見てをり
(A.I) 爪を噛む癖は治らずゆっくりとミルクレープの重なりを剥ぐ
054:電車(76〜100)
(花夢) 海へ行く電車のなかで潮騒のメロディーラインをそっと教える
(ももや ままこ)朝陽射す電車の床に映された虹のアーチをなぞって歩く
(萱野芙蓉)夏しばし雨にやすらふ草はらを二両編成電車がとほる
(やすまる)窓ごとにちいさなひとを眠らせて電車は春のくらがりを揺れる
(つきしろ) 風だけが少し冷たいはつなつの路面電車にうたたねをする
055:労(76〜100)
(花夢)ほんとうのつよさがこわいあのひとはいつもやさしいものを労う
(寺田 ゆたか) 旅なんぞ徒労の行為とさげすみて名利を追ひし友の訃を聞く
(素人屋)背をさすり労わりくれる体温がわたしに届くまでの時間差
佐藤紀子) 労作が傑作だとは限らない 短歌はときに裏切り者で
065:大阪(51〜75)
(橘みちよ) 大阪弁あふるる茶房のかたすみに紅茶飲みつつなぜかやすらぐ
(寺田 ゆたか) 大阪はなつかしおますキタ・ミナミ女友達みな年取つて
066:切(51〜75)
(小籠良夜) あまかくる通信網を切断しおまへひとりをつらぬく今宵
(よさ) カナリアの切ない声を聞いたことありますか夜ねじれてしまう
(新津康)切なさは記憶の底で風に溶け、木々の葉裏をまた揺らしてる。...
(寺田 ゆたか) 切り岸の続く海辺に群れ咲きし水仙風にゆれて新年
(花夢)気まぐれにあなたが欲しい土曜日の雨、途切れては紡がれてゆく
(萱野芙蓉) 水紋のくづれし心もて見つむ桜樹切らるるはつ秋の空
081:露(26〜50)
(村本希理子)口づけてみたき大地は露西亜の地アリョーシャ イワンの名を呼びながら
(うめさん)露草を摘みてちちはは待つ家に帰りてゆきたし少女となりて
(惠無)雨粒と路の隙間の露草にふと目を留める朝だってある
(青野ことり) 紅を満たしたグラスすきまなく包む結露に指を這わせる
(小早川忠義) 子の生れし後に出で来る悪露のごと上司の愚痴のとどまらざりき
084:退屈(26〜51)
(本田鈴雨)しがらみの少なくなりて退屈という感覚を忘れつつあり
(野良ゆうき)僕と居て退屈そうにあくびする君のみみたぶ引っ張ってみる
(村本希理子)退屈を奏でるならばハ長調 そみみ ふあれれ おなかがへつた
(うめさん) 退屈を楽しむ余裕のなきままに生き来て今は退屈ばかり
(富田林薫) 退屈にほおづえをつくあやふやにケータイでんわをもてあそぶ指
(青野ことり) おもちゃ箱ひっくりかえした街にいて退屈だけが道連れなんて
086:石(26〜50)
(暮夜 宴)2億年前のひかりや風のことアロサウルスの化石は語る
(村本希理子)書店にて買はれることを知る化石アンモナイトはゆるき渦もつ
(小春川英夫) 石を売る男の話を聞かされてなにもできないまま眠るだけ
(惠無)石ころに顔を描いて並べてたけんかの理由も思い出せずに