題詠百首選歌集・その44

 このところ雨催いのはっきりしない天気が続いたが、今日の夕方は久々の快晴だ。もっとも、気温も大分上がったようで、久々にエアコンをつけて、選歌を整理している。         


       選歌集・その44


023:誰(151〜177) 
(みずすまし) 誰とてもわからぬ街にただ独り 降りたる駅に吹く風やさし
今泉洋子) 万葉のロマンと夢を裡に秘め誰故草(たれゆえさう)の控へ目な青
(内田誠) もう誰の記憶なのかも曖昧になる夏空に消える彗星
028:カーテン(131〜155)
(うめさん) 薔薇の花のカーテン外せしあの日よりここが私の住処となれり
(青山ジュンコ)カーテンがふわりと風を抱き踊る秋の匂いが少しする午後
(大辻隆弘) カーテンを素肌に巻いて立つてゐた窓そのものとなつて、あなたは
今泉洋子)カーテンに射し込む光おだしくて盗人(ぬすびと)のやうに秋は来てをり
(紫峯) あれこれと揺れる気持ちにきっぱりとカーテンを引く明日は明日...
041:障(102〜126)
(うめさん)茶房にて差障りなき会話する別れの言葉をいひだしかねて
(逢森凪)もう二度と手の届かないものがたり障子に映る影絵が揺れる
(佐倉すみ)草むらの匂いまどろみ故障したトラックからは朝日が見える
(遠山那由)へだたりはへだたりのまま沈黙の強度はわれを守る障壁
(萌香)返信に心細さを閉じ込めて差し障り無い文字が飛び交う
042:海(105〜129)
(うめさん)エメラルドの海面捲きて押し寄せるノースショアの波のま白き
(わたつみいさな。) もう海に君はいませんもう海に僕もいません泣いたりしない
(大辻隆弘) 海よりも長き夜明けを見つめてた滅ぶるものを滅ぼし終へて
(霰) 行き先の定まらぬ午後揺れながら黄色い電車で海を見に行く
(萌香) 海風にさらわれそうな危うさを振り切るように辿る思い出
043:ためいき(103〜127)
(おとくにすぎな) ためいきでどこかへいなくなるくらいちいさな蜘蛛と住んでいる部屋
(末松さくや)ためいきでわたしの耳をあたためて 逃げてもあまるほどのしあわせ
(大辻隆弘) ためいきがあなたの声にほどかれてゆくまでをゐた籐椅子の上に
(みずすまし)ふわふわとためいきプカリ浮かぶ部屋 窓開け放ち空気を換える
056:タオル(83〜108)
(花夢) ときどきはおさない記憶の薬莢をタオルケットにくるんで眠る
(寺田 ゆたか) 安宿のタオル臭ひてかなしかり疲れし身体洗ひてをれば
(A.I)はつなつの氷枕もゆるむ夜にタオルケットを隔てて眠る
067:夕立(52〜80)
(よさ) 夕立をさえぎる傘を放り捨ていっそこのまま道化師になれ
(橘みちよ)風吹きてとほいかづちのひとつ鳴り庭に夕立の気配たちこむ
(Yosh)例えれば主人帰らぬ駅前で 夕立打たれる犬のような日
(花夢)意味を問えばどこまでも静かな荒野 祈るかたちで夕立を待つ
(大辻隆弘) 夕立であるならいつか止むものを鰥々(くわんくわん)として夏のみづうみ
068:杉(51〜80)
(小籠良夜)いたづらに訪ね来たれば鄙の屋の標(しるし)の杉に落つるいかづち
(愛観)屋久杉の木片ストラップをくれた君は今でも旅していますか
(大辻隆弘)たうたうと杉の林にふる雨を過ぎ去りゆかむものとして見つ
069:卒業(51〜75)
(澁谷 波未子)もう二度と逢はないことを決めて今 君との恋から卒業をする...
(ワンコ山田) ガリ版で刷った卒業文集の夢は癖ある右肩下がり
(市川周)卒業をすることもなき三月はまだらの卵(らん)を抱きて眠る
(大辻隆弘)体育館のフロアに冷ゆるゆびさきの痛みさへ今日きみの卒業
(佐原みつる)駅までの近道を行けば聞こえくる卒業生を送る歌声
087:テープ(26〜50)
(野良ゆうき)ノイズだと勝手に思っていた言葉 巻き戻せない録音テープ
(すずめ)切り取ってテープに詰めた思い出の賞味期限を決め兼ねている
(みゆ) アネモネの溜息吐息解き放つリボンテープに鋏を入れる
(aruka)星空にセロファン・テープで貼られてた夢が落ちてく厚紙の海