題詠百首選歌集・その45

        選歌集・その45


030:いたずら(128〜153)
(里木ゆたか) 珍しく君の仕掛けるいたずらを受けて知りけるやわらかき距離
(ハルジオン)ここにいるいたずらっ子に逢いたいとセピアカラーのアルバムめくる
(わたつみいさな。)いたずらですませられない運命をチューハイで割るとりあえず寝る
(大辻隆弘)ひとしきり貴方の頬が陰翳を刷きたることも雲のいたづら
今泉洋子)いたづらをわやくと言ひし産土の蝉捕り男(を)のこ何処(いづこ)へ行ける
(pakari) いたずらのつもりで書いた落書きの相合傘の小雨警報
(空色ぴりか)「けがれなきいたづら」という名のカクテルを出す店があり福岡のまち
044:寺(103〜127)
(きじとら猫) 来ないのはダイヤの乱れと言い聞かせ雷鳴響く国分寺駅
(遠山那由)死者たちは語らず夜ごとの静まりが納骨堂を支配する寺
(岡元らいら) 残された夏の西日に寺椿切り取られて白照らされて白
(大辻隆弘)荘厳をまとへる寺といふ比喩のその荘厳に苦しむわれは
045:トマト(102〜126)
(大辻隆弘)くれなゐが冷ややかに透きとほるまでトマトを薄くうすく削ぎゆく
(みずすまし)朝の陽の光満ちたる畑にてもぎ取るトマト遠き日が匂う
(川鉄ネオン)場しのぎの真っ赤な嘘とプチトマト舌に転がす酸っぱい時間
今泉洋子) 赤茄子の茂吉の歌を思ひつつ腐れかけたるトマトを切りぬ
057:空気(76〜100)
(花夢)こんなにも夏 こんなにもひとり 八月の空気は濃くてからっぽ
(萱野芙蓉) いもうとに憎まれてゐる甘美さよ空気うすめてダリアが揺れる
(素人屋) 空気中に一滴二滴放たれたアロマオイルが揺さぶる記憶
(里坂季夜) 宿題はできましたかと空気まで秋の香りと虫の音連れて
(岡元らいら)今もまだ空気不足の自転車を走らせてますもう元気です
058:鐘(78〜100)
(月原真幸)あの鐘が五回鳴ったら帰ります 夜を知らない子どものように
(佐原みつる) 口にすることもなくなり薄青の釣鐘草が残されるのみ
(桑原憂太郎) 泣き腫らすA子に添ひぬ支援室に不意に正午の鐘の聞こゆる
(大辻隆弘)晩鐘のひびかふなかに頭を垂れて祈りはかつて人をゆるしき
(おとくにすぎな)108人までしか鐘はつけなくてお寺でもらうホットカルピス
059:ひらがな(78〜100)
(萱野芙蓉)おとうとよ、ひらがなばかりの子守唄うたつてやらう膝でおやすみ
(寺田 ゆたか)掌(てのひら)に指もて書きし「さよなら」のひらがな文字の淡きぬくもり
(月原真幸) ひらがなでしゃべりつづける なきそうなことにはきづかないふりをする
(佐原みつる) 判断を保留したまま夜は更けてひらがなばかりのメールが届く
(里坂季夜) こみいった話になるとひらがなの返事しかせぬ彼の処世術
(椎名時慈)ゆきひらがなべのことだとしったのはきみがでてったそのとしのふゆ
(小埜マコト) 子どもらの話すことばはひらがなでシャボンの中にかくされている
070:神(52〜76)
(ワンコ山田) 阪神の帽子が情けなく弱く負けて日差しにうなだれる午後
(橘みちよ) 目の前を白き蝶よぎる感じありいま神のわれをとほり過ぐるか
(萱野芙蓉) 柘榴ひとつ神父にわたす自覚なきわが原罪をあづけるやうに
(市川周)卓上のボトルシップに神はゐて髭も剃らない旅にもでない
(大辻隆弘) 被害者が神のごとくに君臨し厳かにかつ速やかに死に就け、といふ
(佐原みつる) 傾きが日ごとに増してゆくような駅裏に立つ神社の鳥居
071:鉄(51〜77)
(橘みちよ)あやふくももちこたへ得し自死するか鉄輪(かなわ)の鬼女になるかのさかひ
(ワンコ山田)伸びた背で残りの夏を押して蹴る一番高い鉄棒はしなって
(萱野芙蓉) 廃線の鉄路をおほふひまはりも茶けてしまつた 無口なる秋
(桑原憂太郎) 枕木の少しのズレも許されず鉄道模型を生徒は凝視す
(寺田 ゆたか)四万十の赤鉄橋の欄干に赤き蜻蛉(あきつ)がとまる夕暮れ
088:暗(26〜50) 
(すずめ) 暗黙の闇にとけいる鬼ならん今はのときぞ夜は白みゆく
(野良ゆうき) 暗闇に目が慣れたので見えてきたものの話はここではしない
(みゆ)暗闇に息を潜めて恋薊(あざみ)疼く心がなお疼く夜
(村本希理子)暗がりに右手ゆるりと差し入れて熱き肌もつ容器を探す
(中村成志)たまねぎを削いだみたいな三日月の下でダリアは暗く輝く
(小早川忠義) 足元にいくつもの暗渠流れゐむ恥ずべき記憶流されゐたり
(富田林薫)ほの暗いトンネルをぬけゆっくりと日差しのなかにからだをならす
089:こころ(27〜51) 
(すずめ)マニュアルの聖書示しつ梅雨さなかメシアのこころ説く人の訪う
(春畑 茜) 沛然(はいぜん)とこころに雨の降る日なり点滴のほそき管つながれて
(村本希理子) このごろのこころどうにも定まらずゼロカロリーのコカコーラ買ふ
(よさ)哀しみのこころ届かず君からのメールはいつも顔文字ばかり
(五十嵐きよみ)こころよく頷くことがせめてもの誇り ひたひた淋しさがくる
(振戸りく)「こころよりおわびします」のリピートをただ流すしかない電波塔