題詠百首選歌集・その46

  ”留守をして我がパソコンに貯まるのは迷惑メールと選歌の在庫”
 2日間の短い旅をして来た。帰って来ると、迷惑メールを消すのがまず一仕事である。選歌の方は、私のルール(在庫25首以上の題が10題)にはまだ届かないだろうと思っていたのだが、ちゃんとそれだけの在庫が貯まっている。これまた一仕事だが、この方はいわば楽しい仕事でもある。それにしても暑い日が続く。旅先でも暑さに参った。



              選歌集・その46


009:週末(215〜239)
(如月綾) 本当はあなたと過ごすはずだった週末 誰も誘えずにいる
(はせがわゆづ)思い出を片付けている週末のひなたがあんまりあったかくって
(から紅) いつもより付録の詰まった新聞をゆっくり広げる週末の朝
024:バランス(152〜178)
(末松さくや) あきらめてバランスボールと転がれば床はこんなにあなたの匂い
(岡元らいら)バランスをひどく欠いてる文字を書いてるひとだったよく転んでた
(お気楽堂)未来には何を載せてもバランスが取れないくらい軽い過去です
(内田かおり)やじろべえの寂びたバランスゆらゆらと傾げた左戻り行く右
(大辻隆弘)バランスを「グライヒゲヴィヒト」(Gleichgewicht)と呼びかへて茂吉はうたふ羊歯の微細を
(はせがわゆづ)バランスを愛する二人でいつまでも無難な場所に位置づけている
(佐藤羽美)バランスは徐々に崩れて恋人のエアメールから生える昼顔
046:階段(101〜126)
(佐倉すみ) 居たくない場所と行きたくない場所をつなぐ階段座りこんでる
(末松さくや) 階段に脱ぎ捨てられてわたしではないものだけが先をのぼった
(萌香) 階段をのぼり続けてどこまでも辿りつけない騙し絵のなか
060:キス(77〜102)
(花夢)まっすぐに空を見ようとするときにおでこがあたるその位置にキス
(寺田 ゆたか)キス交すふらんすびとを点景にミラボー橋は夕暮れとなる
(桑原憂太郎) 9時過ぎに教室入る女生徒の気怠きうなじにキスマアクあり
(里坂季夜)錆びついた夏の扉が開きそうで青い日傘で待つキスの雨
(おとくにすぎな) 真夜中にはたらいているホチキスのつめたいせなかちいさなくしゃみ
(はな) 淋しさをもてあましつつコーヒーの香りにそっとキスをしてみる
072:リモコン(52〜78)
(A.I) リモコンの電波飛び交う戦場でおにぎりだけがアナログのまま
073:像(51〜77)
(橘みちよ)その細き腕に打たれし釘のあり阿修羅像なにも過去を言はねど
(寺田 ゆたか)銅像はナントカ2世と説明を聞けど憶えずまたバスに乗る
(桑原憂太郎) 椅子投げて教室とび出す女生徒の造る塑像の優しき瞳
074:英語(51〜77)
(愛観) ぎごちない英語で語り合うような初めて制服以外で会う日
(ぱぴこ)潜ませた恋もスペルを正されて返却される英語のノート
(佐原みつる) 無人駅に下車した人のいた席に英語の辞書が残されている
(ももやままこ)英語より謎めく言葉で近付いて我が子が指図を出す腕の中
090:質問(26〜51)
(すずめ) 質問のいとまもくれず夏は来ぬ罪も穢れも梅雨に流して
(春畑 茜)質問にわれは答へず氷(ひ)の如きかなしみひとつ机上に砕く
(みゆ)質問の意味さえわからず握るペン 用紙の隅に書くチューリップ
(原田 町)質問の答へはいつも同じです教会からの坂道くだる
(よさ)質問と手を挙げかけて先生の昨日の秘密おもいうかべる
(大辻隆弘)シャンプーの匂ひを寄せて質問をしにくる乙女、溺れてしまふ
091命(26〜51)
(原田 町) 戦ひに果てし者らを命(みこと)とし祀れる夏のふたたび来るな
092:ホテル(26〜51)
(よさ) 冷め切って持て余してるコーヒーに指輪しずめる北のホテルで
(小春川英夫) 新宿のホテル一つを墓碑として花を一輪手折れば、朝日
(中村成志)海沿いのホテルの窓は開かなくてラピスラズリのとりを見下ろす
(五十嵐きよみ)幸福なカップル不幸なカップルはどのホテルでもつねに同数
(大辻隆弘)シリアルを汲みたる乳に浸しつつ朝のホテルの時を逝かしむ