題詠百首選歌集・その48

 急に涼しくなった。今日は、この夏以来はじめて、家の中で靴下を履き、チョッキを羽織って過した。数日前とはえらい違いだ。当たり前と言えばそれまでだが、季節は確実に変わっている。明日から10月、この題詠100首のゴールもいよいよあと1月、皆様お元気で御完走下さい。


        選歌集・その48


003:屋根(264〜288)
(一夜)風見鶏屋根にちょこんと鎮座して 風の行方と明日を見ている
(橋都まこと) 聖堂の屋根から光の矢が射して時間を止めたローマの一日(ひとひ)
(y*)秋雨が昔の人に見える午後屋根裏部屋の古書に溺れる
(K.Aiko)屋根達はどんな不幸も幸せもいとしむように覆う 満月
(近藤かすみ) 大屋根を越えて飛ばむかシャボン玉ちひさき虹をうちに抱きて
013:スポーツ(207〜231)
(一夜) 「スポーツが嫌い」と言った横顔に 「私も」なんて気のある素振
(うめさん)釣書(つりがき)に趣味はスポーツ観戦と書きたるわれを夫は選びき
(*ビッケ*) 誰よりもまっすぐな瞳まぶしくてスポーツドリンクごしにみる君
(近藤かすみ)鴨川のほとり明治の女紅場(によこうば)の址に煉瓦のスポーツクラブ
048:毛糸(102〜126)
(つきしろ) ひだりての小指にまいたくれないの毛糸をはずしてしまう啓蟄
佐藤紀子) 初めての女孫のために買ひ求む淡きピンクの極細毛糸
(史之春風)夜なべして余り毛糸で腹巻きを編む「女」の日悶々と更け
062:乾杯(76〜100)
(つきしろ) 乾杯の約束も果たせないままに夏がぼくらを揺るがしている
(A.I)乾杯は軽めの酒で 駆け引きは甘めの嘘で 落としてあげる
(おとくにすぎな)自販機の紙のコップのカプチーノふたつふにゃふにゃ乾杯しよう
佐藤紀子)「乾杯!」と「カンパーイ!」の声交はしつつグラスの水を孫と飲み干す
(川鉄ネオン)ひと目逢ったその日に終わる恋もある惚れたぜ乾杯ふられてバンザイ
063:浜(76〜100)
(A.I)浜風に弄られし髪うしろ手でざっくり束ねトラックの窓
佐藤紀子) 浜木綿を三浦岬に見たる日の梅雨晴れの空高く澄みゐき
(佐倉すみ)満ちひ満ち浜辺は海を何度でも受け入れ優しく手放してゆく
076:まぶた(51〜76)
(萱野芙蓉) やはらかくまぶたに触るる月明りながく祈りを忘れてゐたり
078:経(51〜75)
(大辻隆弘) 天窓を流れてくだる雨の粒そをゆふぐれの経(たていと)として
(橘みちよ)観音経くればよみがへる蝉のこえ蓮華王院の連子窓の辺
(ワンコ山田)経験は目を塞いでも足音の消えるあたりに潜む影見る
(寺田 ゆたか) 経を誦す僧の背中の紫の袈裟目に染むる青葉濃き寺
(ME1)つまらない恋ばかりだとはにかんだ今宵聞かせて君の経緯(イキサツ)
079:塔(51〜75)
(大辻隆弘)より高くより鋭(と)くささくれだつ意志の形象として塔はありたり
(橘みちよ)階段を上ればくろき五重塔夜の伽藍にひそやかに立つ
(寺田 ゆたか)石の段(きだ)あへぎ登ればなほ高く緑の樹叢(こむら)抜けて塔立つ
(夏瀬佐知子)老婆とて心に花は咲いている卒塔婆小町の言い分に酔う
(桑原憂太郎)ドラツグの指導のしかたとりあへず教師は斜塔のやうに対峙す
(月原真幸)鉄塔の先にとまったカラスより遠くに行くと決めたたそがれ
080:富士(51〜75)
(橘みちよ)浅間山よりあがる噴煙さかまきて富士にながるるを機より見下ろす
(市川周) 「去年より絶対おおきくなってる」と汝(なれ)は言ひにき夏富士あおぎ
(桑原憂太郎) ゆとりある薄き教科書もう既にオウムは鳴かず富士山麓
095:裏(26〜51)
(野良ゆうき)さりげなくお好み焼きを裏返しどんなもんだという顔をする
(振戸りく) きゅぅきゅぅと鳴く裏の犬 おばさんはまだ実家から帰ってこない