題詠百首選歌集・その49

 10月に入った。夏も去ってしまい、秋だ。以前、「この夏もなすことのなく過ぎたると 思えば空の青く澄みたる」という歌を作ったことがあるが、齢70に近くなっても、夏が終わるのは何となく寂しいものだ。題詠100首ももう大詰め、第100題は、いま一息のところで50首に届かない。完走者の数が少し気になるところだ。皆様のラストスパートを御期待申し上げております。


            選歌集・その49


018:酸(180〜204)
今泉洋子)あの夏のあまたなる死を思ふべし項垂(うなだ)れて立つ酸漿(ほほづき)の群
(橋都まこと) デザートのキウイの酸味に誘われて病院食の箸をすすめる
(寒竹茄子夫)ため息に夕陽が翳る裏庭の酸素ボンベは銹びてころがる
(近藤かすみ)ほんたうに酸つぱい蜜柑を知らぬまま大人になりゆく平成生まれ
(瑞紀)この惑星(ほし)の連鎖のひとつに組み込まれあなたとふたり酸の雨浴ぶ
020:メトロ(179〜205)
内田誠)もう口にできない夢の路線図を東京メトロでたしかめてゆく
(David Lam)メトロとは呼び慣れぬ名よ行き先はモンパルナスじゃない、池袋。
今泉洋子)B4の出口にあるとふ宇宙駅メトロの段(きだ)で夢より醒めぬ
(橋都まこと) 終電と始発の間(はざま)のひとときにメトロは宙(そら)の夢を見ている
(内田かおり)逸りゆく心納めて終曲のメトロノームはゆっくりと鳴る
(*ビッケ*)月の夜のレトロなメトロの3両目トトロがオカリナふいているかも
(瑞紀)メトロからの逆巻く風と君からのただ一行に拒まれている
025:化(152〜176)
今泉洋子)化け猫の話思はせて三角の耳影動く真夏真夜中
(大辻隆弘) 化野(あだしの)に萩をはびこらしめたればかく冷えびえと響かふ咳は
(砺波湊)化けて出るくらいならそいつ死なないよ 我が母ながら理屈凄まじ
032:ニュース(128〜153)
(わたつみいさな。) カフェオレの氷と一緒に溶けてゆく私をわらうニュースキャスター
(大辻隆弘)風聞をさんざん流布しをへしのち「ニュースソースは言へない」といふ
(橋都まこと) 世界中のニュースがネットで読める でも、隣の人の顔を知らない
今泉洋子)紫外線と黄砂情報のニュース聞き花冷えの街へやをら出でゆく
(pakari)どの空を飛んでいるのか白雁は悲しいニュースだけを運んで
(佐藤羽美) おとなしい動物としてエリンギを包む英字のニュースペーパー
047:没(101〜126)
佐藤紀子)島々も海面も船も赤く染めひと日の終りを没り陽輝く
(田崎うに) ミミズクが日没をみて動き出す夜会に似合うピアスをつけて
(橋都まこと) 休日の夕にふと見た日没の朱(あけ)にひととき身を浸しおり
(翔子) 日没の光の中で組み立てる野枝の生きざま系譜は烈し
050:仮面(102〜129)
(椎名時慈)優しさの仮面をいくつ持ってるの マトリョーシカの微笑みに似て
(大辻隆弘)はづされた仮面のやうに街上に麝香揚羽のひとつ落ちゐつ
佐藤紀子)寂しさは仮面の下に押し込みて任地に向かふ子を送りだす
(小埜マコト) 朝焼けのように笑顔でいたいのに<アルルカンには仮面をどうぞ>
(史之春風) 演目は台詞不要の仮面劇 計算されたお茶の間コント
(末松さくや)融点はいくつだろうか全身できみの仮面をあたためている
今泉洋子) 数多なる夫の集めしミニチュアの仮面ライダーに囲まれ暮らす
082:サイレン(51〜75)
(橘みちよ) 加茂川の決壊つぐるサイレンの山に響きしあの夏の朝
(寺田 ゆたか)一斉にサイレン響(とよ)むかのごとくモスク祈りのときを知らせり
(佐原みつる)稲刈りも一段落の頃合に正午を告げる遠いサイレン
(萱野芙蓉)葦の葉もわれも随分乾きたり昼のサイレン川くだりゆく
(月原真幸)サイレント映画のような改札をすり抜けながら聴くウォークマン
083:筒(51〜75)
(ドール)花筒に挿された小菊  亡き母に誰の手向けしものかと問いぬ
(Yosh)メールでは届かぬものは封筒の中の空気と不規則な文字
(ワンコ山田)もう100歩電信柱遠くなれ初めて触れた君の水筒
(佐原みつる) 筒状の帯留を買うことに決め三筋向こうの店へと戻る
098:ベッド(26〜51)
(原田 町) 子供部屋のベッドはいまやわが寝床ときに幼き吾子の夢見る
(大辻隆弘) もう今年の夏は終つてゆくのだとベッドで空を見てた8月
099:茶(26〜51)
(春畑 茜)茶畑のみどりのうへを渡りゆく風よ駿河の夏のさかりを
(みゆ)花言葉「茶色は恋の終わり」だと秋には淋しいチョコレートコスモス
(原田 町)熱々の焙じ茶を飲み暑気払ひつくつく法師もう鳴きはじむ
(うめさん)いつしらに番茶も出花はとうに過ぎいよよ渋茶のおいしい季節
(村本希理子)虫食ひのしるき葉の間の茶の花は崩れながらに咲き継ぎてをり
(中村成志) (秋なのに)茶碗に残る薄青い泡でうらなう(もう秋なのに)