題詠百首選歌集・その52

 10月も中旬となり、投歌のペースも少し上がって来たような気がする。これから月末までのラッシュが、楽しみのような怖いような心境だ。


      選歌集・その52    


026:地図(157〜181)
(内田かおり)思い出に封じられたる地図今宵引き出しており我何処を行く
(空色ぴりか) 風がほら動いていくよぼくらには見えない地図をはるかに拡げ
(此夢彼方)隠してた過去の想いが僕を撃つ 地図を描くには君が足りない
(瑞紀)風の道、雲の名前が書いてある神さまが持つ空の地図には
(miho)旅好きな君の気持をひきたくて地図が描かれたTシャツを買う
041:障(127〜151)
(紫歌) 夕焼けの始まる刻に映りをり障子一面柿の葉揺るる
(近藤かすみ) もうずつと故障してゐる玄関のチャイムだあれも帰らない家 
042:海(130〜154)
(みずすまし)霧の海漂う波が山間(やまあい)に流れて消える朝のひととき
(佐藤羽美)朽ちていく臨海学校 階段の手摺に白い日差しが刺さる
(近藤かすみ)いくたびも死んでふたたび蘇へる夜さり若狭の海へ漕ぎ出す
( 夜さり) 播磨灘ひろごる海のゆふぐれて褐返(かちかへし)色に島立ち上がる
(内田かおり)無造作に波立つ真昼かき混ぜた色して海はざくざく唸る
043:ためいき(128〜152)
今泉洋子) ならざりし恋を思へばためいきは初秋(はつあき)の風に運ばれてゆく
(みち。) 吐き出せば誰かにささる飲み込めば自分にささる ためいきは棘
(佐藤羽美)うすあおい栞のようにためいきを挟めり学校指定歌集に
(近藤かすみ)ためいきをついて逃がした幸せを悔いたりしない 片あしの虹
049:約(102〜134)
(岡元らいら)交わすべき約束もなくどこまでもひとりである日はひとりでいよう
(遠山那由) 約束のセリフは言わず不機嫌を引き出すまでの長い沈黙
(大辻隆弘)青い空がいつか見えてたあらかじめ約せられたる悲しみとして
(小埜マコト)冷水にひたった心温めてくすり指から抜いた約束
(紫歌) 赤信号待ってる間に陽にかざす幸せ色の婚約指輪
(霰)わたししか知らないままの約束を破りきれずに心に仕舞う
051:宙(102〜126)
佐藤紀子)支柱より高くのびたる朝顔の蔓がひょろりと宙をつかめり
(橋都まこと)今はもういない我が子に「宙船(そらふね)」のCDを買う母親ひとり
(遠山那由)じりじりと歯車回る音がして宇宙に星の行き交う夜空
(近藤かすみ)枯れるにはまだ早すぎるくれなゐの千日草を宙に吊るせり 
067:夕立(81〜106)
(寺田 ゆたか)津軽野に夕立(ゆだち)来るらしお岩木の傾(なだ)りを黯き雲下る見ゆ
(素人屋) 奪うこと奪われることなきままの浅き眠りや 夕立は降る
(川鉄ネオン) 夕立の音が聴こえる昼寝からの目覚めはいつもすこし悲しい
(遠藤しなもん) 共通の話題もなくて夕立の音やにおいに救われていた
(小埜マコト)「蜩が夕立のように鳴いてます」別れの手紙はそれだけで良い
(黄菜子)極まりて散りまどろめる凌霄花夕立ちを待つ道の片辺に
(やすまる) あおむいて受ける夕立あおぞらは君の背中にひろがっている
(逢森凪) 土砂降りの夕立の中立ちすくむ あなたの顔はもう見たくない
068:杉(81〜106)
(寺田 ゆたか) 新しき杉玉吊られ雪まがふ飛騨街道の風に吹かるる
今泉洋子) 曾祖父が建てて百年杉ひのき使ひし生家清らかに旧る
070:神(77〜101)
(桑原憂太郎)現世を仮想と言へり子どもらのICチツプに神が宿りぬ
(田崎うに)いとなみが神話になってしまうから設定温度を2℃下げる 
(こはく)うたがわぬことをうたがういとしさに神という名のしくみをはずす
086:石(51〜76)
(大辻隆弘) 石畳が冷えたるやうに死んでゐる、さういふ比喩を読みきカフカ
(青野ことり) 川辺まで降りる石段 近づけば届かなくなるものをみている
(橘みちよ) 生まれ来し娘(こ)に贈らむともとめたる誕生石の真珠一粒
(ME1) 悔しさがいつか布石と誓った日 風化していく緑青になる