題詠百首選歌集・その53

<御存じない方のためにときどき書いている注釈>

 五十嵐きよみさんという歌人の方が主宰しておられるネット短歌の会に、2年前から参加しているのだが、勝手に思い立って、気まぐれな選歌をし、10月末に終了したところで「百人一首」を作ることにしている。歌の題は全部で100、25首貯まったところで選歌をし、10題貯まったらこのブログに載せるという原則にしている。ほかの方の歌を選ぶという、ある意味では思い上がった神を恐れぬ所業なのだが、全く私的な気まぐれな「お遊び」ということで、お許し頂きたい。なお、2年前に私がブログをはじめたのは、この選歌と百人一首がきっかけだった。そういった意味では、このネット短歌の会が私のブログの生みの親である。


          選歌集・その53


014:温(205〜230)
(はせがわゆづ) 触れ合った背中の温度が消せなくて 立て膝 顔をうずめたまんま
(あいっち)一枚の皿とシチューを温める誰にも会えない夜だってある
027:給(153〜178)
(はせがわゆづ)盗まれたハートの欠片が給食にまぎれていました 恋におちます
(砺波湊) 遠雷の音かと窓に駆け寄れば給水塔の奥、花火咲く
(佐藤羽美)花冷えの給食配送センターにたまる領収書の萌黄色
(夜さり) 八百円の時給の指が寄り合うてケアセンターの食は生まれる
(近藤かすみ)早世のわがちちははより給はりし時は豊けし 詩集をひらく
(K.Aiko)泣きながら隅で給食たべていた あの子は 父になっただろうか?
(瑞紀) ぐるぐると噂ばかりが渦巻いて給湯室に引きずりこまれる
044:寺(128〜152)
今泉洋子)寺庭に音なく落つる夏椿猫の納骨終へしまひる
(佐藤羽美) 遺歌集を読み始めたる六月の雨にしたたる西本願寺
(近藤かすみ) 知恩寺の古本市ですれ違ふ八年前の冴えないわたし
(内田かおり)家並の間に寺の隠りたり午前六時の鐘静かなる
054:電車(101〜127)
(おとくにすぎな)熟睡の背骨のままでめざめれば電車はきんいろの麦のなか
(佐倉すみ) ありふれた電車の音が聴きたくて商店街を西へと歩く
(霰)オレンジの電車をいくつも見送って午後の隙間をしづかに埋める
055:労(101〜125)
(橋都まこと) 「でもせめて労う言葉があったら」と家事せぬ夫を持つ人の言う
(みち。)もたれてはいけないひとの労りの言葉をひとつずつつぶす夜
056:タオル(109〜133)
(紫歌) 昨夜より君の発熱続きをりあまたのタオルとパジャマ干す朝
今泉洋子)サザエさんが出てきさうなり軒下に日本タオルの干してある家
(近藤かすみ)汗も涙も静かに吸ひて余りある若草色のタオルを畳む
057:空気(101〜125)
今泉洋子) 空気にはいまだなれない君とわれ不協和音の鳴り響く秋
(佐藤羽美)脱衣所の【お忘れ物】の竹籠に冬のはじめの空気が溜まる
(みち。)空気まできれいにされてわたしごと無かったことにされている部屋
087:テープ(51〜76)
(ももやままこ) 目の前でゴールテープを切り抜けた背中は今も鮮やかな青
(橘みちよ)ビデオテープを見れば後悔に胸疼く子らはあまりにをさなかりしを
(愛観)青春と呼びたくはないツメ折ったカセットテープの中の僕達
(市川周)報われたいわけではべつにないけれどセロハンテープの切れ目をさがす
佐藤紀子志ん生の落語のテープを夫と聴き昨日と同じところで笑ふ
088:暗(51〜76)
佐藤紀子) まだ明けぬ暗きベランダひつそりと紫色の朝顔開く
(萱野芙蓉) 水に棲む種族の眼してバスを待つ夕闇は暗闇になだれつ
089:こころ(52〜77)
(橘みちよ)裏切りはこころに今も刺さりをり摘出できぬ弾丸として 
(桑原憂太郎)木曜の6時間目の気怠さによりかかつてる『こころのノート』
佐藤紀子)その「こころ」鎧ふ技術も身につけて子らがそれぞれ飛び立ちてゆく
(逢森凪)せつなくてしあわせだった あのひとのためにこころを切り取った朝