題詠百首選歌集・その55

           選歌集・その55


001:始(294〜318)
(Y*)真っ黒な木立を裂く風ふたりにも決まりきってる秋が始まる
(佐藤羽美)秋霖にふるえる始発電車から昨日のきみが降りてくる また
(寒竹茄子夫)始発駅に生蕎麦をすすり食慾のもの哀しさにも満ち足りて乗る
(“疾走パラノイア”)「サヨナラ」で腫れた瞼に滲み入る始発列車の朝焼けの空
ひぐらしひなつ) 始発駅ホームに人を待ちながら銀の車両がひかりにとける
002:晴(278〜302)
(近藤かすみ) 萩の花咲きてこぼるる参道を南へあゆむ空晴るるまで
005:しあわせ(267〜291)
(あいっち)しあわせになれる保障はないけれど希望は欲しい 白米を炊く
(萩 はるか)しあわせの味はひなたのミニトマト小犬が鼻でつついた温さ
006:使(261〜285)
(南雲キリコ) 一度だけ魔法を使えるのであればあなたを猫に変えてやりたい
(あいっち)使わない記憶のようにわが裡の深きところに君の名を置く
ひぐらしひなつ) 使い終えた割箸を折る癖のあるあなたの指を激しく憎む
011:すきま(232〜256)
(あいっち)おそなつと秋のすきまの図書館の粗樫に鳴くつくつく法師
(小野伊都子) すきまから無理やり出てきた猫を見て好きと伝えた日を思いだす
ひぐらしひなつ) 埋めるほどのすきまもなくて夏草を押し倒しつつ空を見ていた
015:一緒(207〜231)
(佐藤羽美)ご一緒に帰りませんかもう舟はどろりと白く溶けたのだから
(あいっち)一緒には生きられなかったいもうとのことをはじめて詠った今年
(宵月冴音)「風邪ひきの君へのルームサービスです」(桃の缶詰一緒に食べよ?)
(水口涼子)秋の日は見て見ぬふりをしてくれる猫科の雄と一緒に眠る
046:階段(127〜151)
(pakari)振りむけば海が広がる階段で振りむくためにする2段跳び
(翔子)明日からは何も言うまい目も閉じておととしからの螺旋階段
(みち。)不器用にわたしがつくる階段をつぎの命がのぼりはじめる
(空色ぴりか)ゆるやかに海へとつづく階段は古い記憶のそのままにある
(あいっち)階段(きだはし)の向こうには空 窓開けてカシオペア座に挨拶をする
060:キス(103〜129)
今泉洋子)ぎんいろのホッチキスの影ながくなり真夏日なのに秋がはじまる
(佐藤羽美) ホチキスで別れの手紙に雨粒を留めたり冬の明るい庭で
(霰)テキストにひかりが降りて窓越しにまどろんでいる午後を見つける
062:乾杯(101〜129)
(里坂季夜)とっておきのすいかジュースで乾杯を台北からの風は虹色
(岡元らいら) これまでに失ってきたものたちへ乾杯しずかに闇がひろがる
(animoy2)長渕の「乾杯」歌う時代あり 結婚式に久しく出でず
(やや) しなやかさはずるさでしょうか風に添う秋桜あわく揺れて乾杯
(瑞紀)「おめでとう」と素直に言えずやさぐれて乾杯の輪に入れずにいる
072:リモコン(79〜106)
佐藤紀子) 夫よりリモコン操作をされるごとケイタイ電話で用事が届く