題詠百首選歌集・その58

 ゴールまであと8日、いよいよラストスパートに入られた方も多いのだと思う。去年の選歌集を覗いてみたら、全体で「選歌集・その70」まで、「その58」は10月17日に掲載している。そうして見ると、去年より6日分くらい遅れているようだ。最後の追い込みがどうなるのか、気にかかるところではある。皆様、どうか最後まで御健闘下さい。


          選歌集・その58


023:誰(178〜202)
(みにごん)誰もいない海なんてない ぼんやりと青い光に誘われている
(あいっち)まだ誰の妻でも母でもないわたし部屋も布団もひとり占めして
ひぐらしひなつ)かつて多々まじわったはずの誰彼を思い出さずに行く春の街
(たか志)山の名を誰とはなしに尋ねればキンモクセイの香り広がる
030:いたずら(154〜178)
(やや)いたずらな指にじらされ十階の窓に浮かんだ月と目があう
(佐藤羽美) 回廊に幼稚園児の影たちがいたずら書きのように散らばる
(近藤かすみ)こひびとがむかし使ひしいたづらな指懐かしき赤まんま咲く 
031:雪(155〜179)
(内田かおり)吹き下ろす風しみじみと冷たくて嶺白くあり雪の息づく
(あいっち)恋人とあした雪見にゆくような静かな恋をいつかしてみむ
(近藤かすみ)解きかけのクロスワードの白枠が埋まらぬ 外は一面の雪
(夜さり) 払暁の雪裡川(せつりがは)中州ねむりゐる丹頂鶴の遠目に黒し
(萩 はるか)粉雪よ我が肩を抱け髪を梳け冬の孤独はうつくしくあれ
(笹井宏之) 雪であることをわすれているようなゆきだるまからもらうてぶくろ
050:仮面(127〜151)
(*ビッケ*) 今宵またなりたい自分の仮面つけネットの中の仮想現実
(やや) 感情の器ちいさくなると言う老いを背負えばぶあつい仮面(ペルソナ)
(瑞紀)足早に交差点行き交う人が戦士の仮面つけている朝
064:ピアノ(105〜129)
(近藤かすみ)このところ弾かぬピアノの闇に棲むバイエル、ハノンの長きまどろみ
(里坂季夜) 降りておいでコトダマオトダマひとりきりピアノにむかうひとの背中に
(瑞紀)弾けぬままピアノピースは色褪せてオルゴールで聞く<乙女の祈り
(笹井宏之)さびしいといえばさびしい真昼間の黒鍵のないピアノを鳴らす
066:切(102〜126)
(逢森凪)何もかも切り捨てたいと願うほど何も捨てられなくて また雨
(近藤かすみ)ただ一枚残しておきし八十円切手の茂吉は蔵王を眺む 
(やや)憎しみの糸が切れない秋の日も弥勒菩薩の笑みゆるやかに
(はせがわゆづ)また来年と指切りしたのは三年前 今年も最後の花火があがる
069:卒業(101〜125)
今泉洋子) 壇上に子等の宣りゆく一言がきらり光りて卒業したり
(上田のカリメロ)貴方から一旦卒業するために 愛の言葉をつぶやいてみた
(里坂季夜)卒業しそびれたものをひきずって歩く初冬の星の明るさ
(翔子)卒業の第二ボタンの物語携帯などはなかった昔
(やや) 木造の校舎は卒業式のあと錆びた画鋲を残して消える
(瑞紀) 太陽に向かって伸びる飛行機雲今日なら卒業できる気がする
070:神(102〜126)
今泉洋子)真つ直に活くるほかなし神無月の風を孕みし薄十本
(あいっち)神様に「かなしいですか」と聞かれたら「はい」と答えてしまいそうです
086:石(77〜104)
(遠藤しなもん)例えれば尿路結石 あの人はあたしの中を出て行ったのだ
(近藤かすみ)さまざまな人の死を容れいちやうに海を見下ろす墓石の群れ
099:茶(52〜76)
(五十嵐きよみ)三重唱の余韻を静めるために飲む紅茶なら濃いアールグレイ
(ドール)失った時は求めずマドレーヌを紅茶にひたし口へとはこぶ
(桑原憂太郎) けだるさが飽和してゐて女生徒の茶髪の光る午後の教室
(佐原みつる) 紅茶葉がひらくまでなら、そう言って窓辺の椅子に座り直した
(animoy2) なんとなく君が来そうな土曜日は少し高めの日本茶を買う
(椎名時慈)お湯飲みを挟んで続く沈黙に茶柱さえも倒れてしまう