題詠百首選歌集・その59

 ほとんど毎日在庫が貯まるということは、ランナーのペースが大分上がって来たということなのだろう。今日も入れて締切りまであと7日、私もいよいよ追込みだ。         


         選歌集・その59


022:記号(178〜206)
(空色ぴりか)黒い服を着た人々が言い交わす記号としてのカナシイキモチ
(minto)肌寒き日のため用意の上着にはト音記号のブローチをさす
(宵月冴音) 記号論読みかけている春の暮れ(ソシュールよりも君が好きだよ)
(水野月人) 静けさに耐え兼ね膝を胸に抱きト音記号の形で眠る
(フワコ) 年老いても可愛い私でありたいとト音記号のそつなきフォルム
024:バランス(179〜203)
(みにごん)バランスの悪さを指摘されながら足の指から溶かされてゆく
(しろ)バランスのくづれし身もて帰省せり火がよくつかぬ迎へ火の藁
ひぐらしひなつ)どことなくアンバランスな午後にいて歯科助手の指先のつめたさ
029:国(155〜179)
(杉山理紀)隙間家具ぴったり納めやすらかに眠るあなたの天国になる
(近藤かすみ)本日の返品作業しこしこと『美しい国へ』箱詰めにする
(瑞紀)わたくしを欠くべからざるものとしてある王国への扉を探す
(たか志)この国によりどころなし菊は咲きかさぶたみたいに花びら散らす
047:没(130〜155)
(やや) 病む人も病まぬ人にも平等な日没があり明日を育む
(あいっち)いもうとの没後もわたしは生きていて墓前に樒を供えたりする
(笹井宏之)牛乳と野菜サンドがめぐりあう日没五分前のコンビニ
(萩 はるか) かぎ針に没頭してる右肩の上がり下がりが母に似てきた
065:大阪(104〜132)
(animoy2)大阪の雨は冷たし 東京へ戻る列車に刺すように降る
(近藤かすみ)いつの日かふたりしんねり食べたきは夫婦ぜんざい大阪うどん
(瑞紀)幼子と取り残される心地せしと大阪時代を母は語りき
(あいっち)家族から逃れるように早朝の大阪ゆきのバスに乗りたり
(霰) 新世界に小雨そぼ降り幾つもの過ぎた昔と出逢う大阪
067:夕立(107〜135)
(水野彗星)夕立にうかぶ世界のそとに立つ。せなかに遠くかなかなの声
(里坂季夜)夕立に冷まされてゆくアスファルト再び熱くなるまで眠れ
(近藤かすみ) 夕立がやむまでここにゐる人の湯呑みにすこしお茶を注ぎたす
(笹井宏之)夕立におかされてゆくかなしみのなんてきれいな郵便ポスト
068:杉(107〜136)
(近藤かすみ)むかし訪ひし北山杉のふる里へ行きたし秋の深みゆく頃
(やや)谷深いふるさとの秋 鬼の子も杉の子もみな冬支度する
071:鉄(107〜131)
今泉洋子)突つ走る都市高速の空間は鉄腕アトムの宇宙(そら)と交はる
(笹井宏之) 感傷と私をむすぶ鉄道に冬のあなたが身を横たえる
(やや)ストーブの上の鉄瓶しゅんと鳴きもののけ山も正月を待つ
073:像(103〜128)
(K.Aiko)ちょとだけ見つめた鏡 自画像を 描(えが)かないまま年老いてゆく
(瑞紀)劣化するだけのわたしの輪郭が画像の中に溶け出していく
(霰) きれぎれに瞼に降りる残像を手繰り寄せてる記憶のすきま
084:退屈(79〜106)
(おとくにすぎな)退屈がぴっと読み取られてしまう黄緑色の貸し出しカード
(遠藤しなもん) 退屈の魔物にさらわれないようにルビーの靴をはいて出かける
(素人屋) 退屈なパートタイムの帰り道生温かい通り雨降る
(上田のカリメロ) 文字追って読みかけの本また閉じる 退屈な日のもどかしさゆえ
(岡元らいら)退屈もそんなに悪くないだろう さよならだけが人生ならば
(minto)バイエルを弾きたる子らも遠く住みピアノに上に溜まる退屈
(夏瀬佐知子)そうやってひとのあくびは責めるのにわたしの話、退屈ですか