題詠百首選歌集・その62&その63

 泣いても笑ってもあと2日、やっと最終題も100首を超えた。今日はこの後も在庫が「規定数」に達するような気がするので、そうなったら今日の欄に、もう一度選歌集を載せようかと思っている。(14:25記)


    選歌集・その62


009:週末(240〜264)
(小野伊都子)週末のホットケーキはぶあつくて会えないこともちょっと許せる
(水口涼子)お揃いの帽子かぶって週末の映画館には似合わぬふたり
(浅葱)週末の雨はせつない水色で二人を薄く閉じ込めており
012:赤(226〜251)
(近藤かすみ)大鍋に菠薐草を茹であげてその根赤きを切り落としたり 
(小野伊都子)ゴーギャンの赤にゆっくり溶けていく 夕陽の中をきみと歩いた
ひぐらしひなつ)昼下がりの読経ながれる路地裏を行けば揺らめき咲く赤い花
(浅葱)ひそやかな決意をこめて爪を塗る 小さき鎧の赤艶やかに
082:サイレン(102〜126)
(一夜)「さよなら」を言った側からサイレンが 待てと言うよに鳴り響いてる
(瑞紀)サイレンが鳴り止まなくてあなたとは話がうまくできないでいる
(nnote)サイレンの音が遠のき真っ暗な部屋で無音を確かめている
(萩 はるか)サイレンは遠のき闇に赤灯が呑まれる ひとついのちを乗せて
091:命(83〜107)
(近藤かすみ)長井さんの命果てたる映像を見つつ夕餉のハンバーグ食む
(萩 はるか)命運は紫煙のようにゆらめいて全席禁煙カフェオレひとつ
092:ホテル(79〜106)
(翔子) 川べりのホテルの窓のみな閉じし逢魔が時は水鳥が哭く
(近藤かすみ)すれちがふ人のだれもが美しきなぞ秘めてゐる鈴蘭ホテル
(詩月めぐ) ホテルから見える夜景は同じでも一人の夜は悲しく映る
(nnote)片言の英語があってあたたかいパリのホテルの三日目の朝
(萩 はるか)夕凪が朱にそまりゆく窓ごしにつばめ行き交う海辺のホテル
095:裏(77〜104)
(翔子)この世ともあっけらかんと別れたいそんな裏技探す旅立ち
(睡蓮。) 極楽に肩までつかり足の裏もみほぐしてる初冬の深夜
(あいっち)カフェ・ラテカップの裏を拭うとき君の家庭の朝などを思いぬ
今泉洋子) 裏庭の柿の実熟れてわれにまだ若き父母あるやうな秋の日
097:話(77〜102)
(黄菜子)いっぽんのメタセコイヤは立ちませり神話の村はけぶるほど雨
(翔子)背伸びしてそっと囁く幼子の内緒話は赤ちゃんのこと
(花夢) 温かいものが欲しくてガスコンロに途切れ途切れの会話を焼べる
(岡元らいら)「さいごにはだれもがとてもしあわせになった」で終わる話をしよう
(水野月人)今日までの昔話を聞かせよう君に逢うまで孤独だったと
(あいっち)鬼灯は今でもきっと鳴らせると祖母は言いたり昨夜の電話に
(遠山那由)話しても減らぬ幸せ 布団には自分と同じぬくもりがある
098:ベッド(79〜105)
(黄菜子)漂流する小舟のようなりわがベッド二匹の猫と寄りあいて寝る
(椎名時慈)広すぎるベッドの端に丸まって眠る仔猫にそっと手を置く
(翔子)引越しは東南の角夾竹桃ベッドカバーはインド更紗に
(水野月人)淋しさはベッドには受け止めきれず地球の直径貫く孤独
(近藤かすみ)ベッドまでこんなに遠いと思はずに恋をしてゐる月あをい夜
今泉洋子)雪降らば思ひ出せと彼(か)の夏にベッドに聴きしアダモのレコード
099:茶(77〜104)
(田崎うに) 予約などないから一日お茶をするボボロアホテルが夕陽に染まる 
(あいっち)会いたいと思う気持ちのまま注ぐ木苺(フランボアーズ)の紅茶の赤を
(近藤かすみ)ポットにはゆつくりひらく茉莉花茶ジャスミンティ)秋なればひとを待つ身愛しむ
(素人屋)もつれ合う感情なども鎮ませた一服の茶でもてなしている
(遠山那由)決められた科白を言わぬ人ありて凍る空気を茶とともに飲む
(寺田 ゆたか)きらきらと風なき湖(うみ)に陽は撒かれ熱き紅茶のカップに写る
100:終(80〜106)
(こはく)冷え切った左耳にも届くよう題詠百首の点呼を終える
(遠山那由)新しき獲物となるは弱き群れ「みんなと同じ」時間が終わる
(村本希理子)集会の終はる間際を吹く風に身を任しをり 雨は上がつた
(兎六) つじつまの合わないままに終わらせた作文ばかり残し卒業
(描町フ三ヲ)永遠の終わりが今だどこまでも続く線路に私はいない


 その62を載せた後、野暮用で出かけたりして、夜更けてパソコンに向かったら、予想通り在庫がかなり貯まっている。明日に回そうかとも思ったが、明日の仕事を少し軽くしようとも思い、選歌集を追加することにした。(23:45記)


      選歌集・その63


037:片思い(155〜179)
(萩 はるか)紅茶よりコーヒーが好き片思いしていたひとが挽くミルの音
ひぐらしひなつ)絶版の絵本なくせば遠き日の片思いにも似て遥かなり
(木下奏)片思いしているときには見たくないハートの絵文字を使わず眠る
(寒竹茄子夫)片思ひの夏果ててのち花野ゆく少年の目に蒼穹(そら)透きとほる
038:穴(153〜177)
(萩 はるか)シャンプーがまだ残ってる右耳の穴にざわりと雨音響く
049:約(135〜160)
(はせがわゆづ) 永遠に破られている約束を一番確かなつながりとして
(あいっち)木綿(コットン)の鞄にきみとの約束を入れて帰りぬこの町も雨
(砺波湊)綿雲の消えてしまった空間は忘れたままの約束に似て
051:宙(127〜152)
(やや) 正札のついたまんまのワンピース宙ぶらりんの秋がまた来る
(上田のカリメロ) 糸きれし 風船みたいな我が心 宙ぶらりんに枝につかまる
(寒竹茄子夫)宙に浮く林檎は白き空間を占めてしほざゐのたへなるひびき
(平岡ゆめ)宙に浮く気持ちをどこにやればいい剥いても剥いてもやっぱりキャベツ
052:あこがれ(128〜154)
(瑞紀)両腕に抱えきれないあこがれが通学路にはこぼれておりぬ
(萌香)容赦なく過ぎた時間は刻まれてそのあこがれを裏切っていく
ひぐらしひなつ)白い皿を白いクロスに並べつつ五月の楡にあこがれていた
(笹井宏之)あこがれがあまりに遠くある夜は風の浅瀬につばさをたたむ
053:爪(126〜153)
(空色ぴりか)いつのまにかポプラ並木は葉を落とし爪先立ちでまた冬が来る
(あいっち)フルートのキィを押さえる指さきに爪の伸びいる感覚のあり
(水野月人) 制服は洗濯したが苛立ちを脱げぬ休日爪切りすぎる
(きじとら猫)手放した幸せの屑ふきとばし白爪草の四つ葉をさがす
054:電車(128〜152)
(あいっち)この町に電車はなくて一両の鈍行列車の過ぎゆくを待つ
(内田かおり) 飛んで行く街の灯りはささやかに温もり電車はもう駅に着く
057:空気(126〜151)
(遠山那由)夕暮れの空気の粒に透明な翼ひらいて飛び立てば夜
(笹井宏之)空気圧すこし高めでこの夏の雨の終わりを見届けている
(水野月人)偉そうに空気読めとか言う君の国語の読解力を知ってる
(砺波湊) 飲みかけのワインのボトルの半分の空気はあの日のままの顔して
083:筒(102〜126)
(瑞紀) 揺られつつ月の砂漠を行きたしと銀の水筒レジに運びぬ
(木下奏)封筒を開けてワタシの白の中泳ぐ言葉は24色
(夜さり)亡き祖母の手縫ひの四つ身筒袖のネルの寝巻きをまた仕舞ひおく
086:石(105〜130)
(minto) 少年がルービックキューブ解くやうに舌で探りぬ石榴の種を
(寺田 ゆたか)濡れそぼつ雨の石みち辿りゆく巡礼の背に帆立貝鳴る
(萩 はるか)素顔では不安な夜もあるらしい石榴を噛んで染めるくちびる
(A.I)墓石に座って文字を彫る人と缶コーヒーを回し飲みする