題詠百首選歌集・その64・その65・その66

 いよいよ最終日。今日はラストスパートのランナーの方々同様、伴走者たる私も終日フル回転になりそうだ。多分、今日はあと2回か3回は選歌集を追加することになるのだと思う。そして明日は積み残しの選歌集、そして11月3日に百人一首という段取りを考えている。(11:15記)


      選歌集・その64


033:太陽(160〜184)
(水野月人)運命の人とはどこで見極める太陽を追う向日葵に問う
(minto)太陽の塔のみ残る万博もはるけく昔の話になりぬ
(笹井宏之)太陽をこぼして泣いているひとへ海をいちまい与える夜更け
(寒竹茄子夫) 太陽に狂ひ凧墜つ 冬の日の藍の記憶は絶えてこがらし
(宵月冴音)太陽は既に沈めりParisの夜を抱きて燃ゆるカフェロワイヤル
(砺波湊) うすぐもりの冬の公園 太陽は少ししなってベンチへ届く
(浅葱) やわらかき春の太陽招き入れはちみつ色の部屋にたたずむ
035:昭和(163〜187)
(萩 はるか)色あせた昭和の写真思春期の膨れっ面を生きなおしたい
(Popん?TANKA)水鳥の清きざわめきしんしんと昭和に降れり たとえば薄暮
(寒竹茄子夫) 昭和湯のあかり淋しき晩秋の果て浴場に髪すすぎをり
(平岡ゆめ) 過ぎ去れば痛みは徐々に忘れられ昭和の澱を讃えていたり
(ハルジオン)昭和から届く手紙は色あせて制服のきみ遥かにわらう
(小野伊都子)古着屋で昭和歌謡の色をしたワンピース買う 大須は曇り
(JEUX INTERDITS)街並みに昭和の影を垣間見て過ぎた時代の長さを思う
055:労(126〜151)
(やや) 金木犀のせいにして泣く労災で失くした足が疼く夕ぐれ
(笹井宏之) ともだちの苦労話をききながらいちばん軽い桃をえらんだ
(砺波湊) 会うたびに信楽焼きの大ダヌキ労わるように祖父は叩けり
056:タオル(134〜158)
(空色ぴりか)約束がなくなってしまった土曜日はタオルケットをざぶざぶ洗う
058:鐘(127〜151)
(*ビッケ*)鐘楼の影がゆっくり伸びて来て帰りなさいと告げる夕暮れ
(遠山那由)水面に霧深すぎてダム底へ沈める寺の鐘は鳴らない
(笹井宏之) ぼんやりとさみしいだけの夜がきてとぎれとぎれの半鐘が鳴る
(水野月人)早鐘のような鼓動が伝わらぬようさっぱりとメールを返す
059:ひらがな(126〜150)
ひぐらしひなつ) やまあいの郵便局でひらがなの名前まちがえられる十月
(笹井宏之)ひらがなであったおとこが夕立とともに漢字に戻りはじめる
(空色ぴりか) かいているうちになきださないようにかなしいてがみはひらがなでかく
(水野月人) 蝶々を捕う事なくぼんやりと見てる子の名をひらがなで呼ぶ
(内田かおり) 昨年のひらがな文字が整って漢字が混じる賀状一枚
061:論(126〜151)
(瑞紀)レファレンスの途中に足をとめたりきKazuhiro Nagataの論文ありて
(遠山那由)尖りゆく言葉のとげは抜きがたく議論を下りる勇気は出ない
(内田かおり) 危うげな論理の塔を伸ばしおり丸き洞持つ都会が響く
(みにごん)世論とはこんなものかも知れないと皆既日食ひとり見上げる
084:退屈(107〜137)
(瑞紀)<ヒト>だけが退屈をするものならむてんでに揺れるコスモスの群れ
(A.I) 退屈にまみれてふたり 内装は白で統一している部屋で
(nnote)退屈な女の顔に色を塗る瞬きさえも他人みたいに
(みずすまし) 退屈な日をもてあます昼下がり碁盤の石が交互に並ぶ
(寒竹茄子夫)退屈をわかつ友なき黄昏の車庫炎えあがるフェラーリの赤
(里坂季夜) ポケットの中こなごなになってゆくチョコの銀紙ほどの退屈
(星桔梗)まどろみの縁側陽の中手仕事が退屈しのぎの時間を刻む
(たか志) 退屈でめがねをはずし徘徊を道の野草にこだわっている
085:きざし(110〜135)
(あいっち)崩壊のきざしは冒頭(あたま)よりありて七小節目ついに途切れぬ
(木下奏)きざしすら見えないならば目を瞑り見えないものを浮かべて眠る
(nnote) 爪先に枯葉壊れる音がして冬のきざしが頬を掠めた
(遠山那由)陥穽のきざしばかりが訪れる 失うものがなくなればいい
(萩 はるか)右ほほに冬のきざしをうけとめて好きな星座をつなぐベランダ
(内田かおり) アンテナを張りつめている若さあり全てのきざしを感じるために
(星桔梗)明確なきざしが見えてもまだ迷うあの一言がなぜ許せない
087:テープ(102〜129)
(あいっち)傷口を紙のテープでとめてみる明日は泣かずに過ごしたいから
(寺田 ゆたか) 紙テープ切れて落ち行く岸壁にいろとりどりのかなしみをみる
(瑞紀)<本日のおすすめ>スイーツ眺めおりテープかぶれの腕を掻きつつ
(はせがわゆづ)届けないつもりで小さな告白を古びたテープに吹き込んで眠る
(寒竹茄子夫)袂別のテープを断ちて船ゆけり馥(かを)る黒潮越えて帆の鳴る
(内田かおり)立ち位置にテープを貼って前日の用意を終える大きく息す


 本日の第2便をお届けします。(15:00記)


      選歌集・その65


039:理想(155〜179)
(瑞紀) 悔し泣きの後に理想を語りたる君の若さが憎らしかりき
(たか志)猫よりも理想に遠い我が暮らし大あくびをしてまた酒を酌む
(砺波湊)ビール会社が理想の父親アンケートを発表すれば夏来たるらし
040:ボタン(154〜178)
(David Lam)取れかけたくるみボタンを弄り待つ高田馬場の駅頭寒し
(萩 はるか)少しだけ挑発しよう錆色のボタンに替えた紺のジャケット
(笹井宏之)押しボタン式のあなたをうかつにも押しっぱなしで街へでかけた
(平岡ゆめ) 今までにボタンをいくつ落としたか覚えていない人生である
060:キス(130〜154)
(あいっち)フルートを奏でるときの唇はキスのときよりよく考える
(寒竹茄子夫)杉の花天網くぐる水無月のはしりのキスを釣りて啖(くら)はむ
(内田かおり) 大好きとキスしてくれた三歳の笑顔を受けて陽は零れ散る
(砺波湊)夜のうちに伸びゆく蔓の静けさで冷えた背中にキスを拡げる
(平岡ゆめ)棘のある黄色の薔薇にキスをしてあなたを許す理由となさむ
081:露(107〜132)
(*ビッケ*)枕辺にありし野花と君の靴同じ匂いの露で濡れてる
(野樹かずみ) その朝は庭じゅうの葉から露の落ちる音で目覚めたような気がした
(里坂季夜)高く舞えアオスジアゲハ朝露にさなぎの殻が光る夜明けを
(浅葱) 朝露のきらり光りてクワズイモ腕の中から見上げる日曜
(きじとら猫)流星の成分お湯に溶け込んだ露天風呂から見上げる夜空
088:暗(102〜129)
(木下奏)暗がりで猫の眼(まなこ)が放っている光で忘れた恋を見つけた
(寺田 ゆたか)暮れゆけば京紫のうす明かり舞妓の歩み溶暗に消ゆ
(遠山那由) 暗すぎる心の闇に詮索の視線刺されば焦げゆくばかり
(瑞紀)暗みたる部屋に戻りて湯を沸かす簡単に泣く女はずるし
(A.I)抒情詩が雨の気配を予言する冬の午後 闇 温室の百合
(寒竹茄子夫)髭剃れば檸檬石鹸泡だちて胸傷に沁む暗き日曜
(里坂季夜)暗闇は古いともだち泣き顔も嫉妬も傷も奴にあずけた
(浅葱)ほの暗い部屋にて「淋しい」と囁けば確かな温もり巻きついてくる
089:こころ(103〜130)
(寺田 ゆたか)襤褸布(ぼろぎれ)のやうなこころをなでながら秋のすすきのほろ酔ひてゆく
(nnote)しゃぼん玉のなかにこころを吹き込んで夕暮れ遠く飛ばしてしまう
(萩 はるか) 的確にこころの急所とらえてるピンクが強い口べにをさす
(内田かおり)余りにも軽き言葉と思う時ありてこころと口に出さざる
090:質問(102〜129)
(あいっち)ちちははに質問してはならぬこと たとえば祖母が家を出た理由(わけ)
(瑞紀)自らを語りたがらぬ人だから質問はせず並んで座る
(やや)秋の日に点字でとどく質問は「せんせいのかみのいろをおしえて」
(星桔梗)今日何度同じ質問繰り返す二人の視線は交わらぬまま
094:社会(106〜130)
(萩 はるか) 眉を引き社会に向けたかおになる自我はコートの裏に潜めて
(兎六) 辞書順に【社会保障】と【社会面】社会の終わり次は【じゃが芋】
(里坂季夜)魂の声はおもちゃのテルミンに任せて戻る大人の社会
096:模様(103〜130)
今泉洋子) 傷つきし心模様のジグザグに鋭き切り口の皿のオレンジ
(萩 はるか)たわむれに蝶の模様のネクタイを引いて今夜の約束をする
(つきしろ) 模様替えすれば気分が変わるなど信じられない秋雨の中
(寒竹茄子夫)すでに冬模様の辺彊 雪嶺のふもとにつめたき欅を撫づる
(内田かおり)海風が雨の匂いを運び来てぐずつく模様の空の濃淡
(里坂季夜)詠むことはこぼれた想いうつしとる心模様のマーブルアート
097:話(103〜128)
(青山ジュンコ)旅先のおみやげ話つめこんで今すぐ君に見せたいカバン
(寺田 ゆたか) 話すこと尽きて微笑みかわしゐる山のテラスに陽の入る夕べ
今泉洋子) ぴいぷうと風の鳴く夜は思ひ出づ祖母の語りし昔話を
(K.Aiko)お話の『続き』を待っている 少女 膝に繰(く)らない頁(ページ)の儘で 
(つきしろ)観覧車だんだんと空に近づいて特に話もないのだけれど
(瑞紀) それっきり給湯室の話題にはのぼらぬ人がカップ洗えり
(やや) ゆふぐれのグループホームにはずみたる思ひ思ひの会話のありて



 今日の第3便をお届けする。日本シリーズを見たりした後で選歌に戻ってみたら、最終題も139首まで来ている。これなら、完走ランナーだけを対象にして百人一首を作ることもできそうだ。締切りまであと15分、まだこれから選歌集をまとめられるだけの作品が集まるのかも知れないが、夜更けまでやってもキリのない話なので、残りは明日に回し、明日残りの全首を対象にして最後の選歌集をまとめることにしようと思っている。(23:45記)


        選歌集・その66   

062:乾杯(130〜154)
(空色ぴりか)とりあえず乾杯だけはするけれどあとはどうなれ半かけの月
(遠山那由)演説を聞く人はなく乾杯のため捧げ持つグラスは重い
(内田かおり)乾杯の声が聞こえる店の隅ほおづえの娘はヒールで遊ぶ
(浅葱) 乾杯と合わせたグラスに沈む月今宵詩人になってみようか
063:浜(128〜152)
(はせがわゆづ)夢色の風船が浮く舞浜の空 そういえば明日は会議
(遠山那由)白すぎる壁がまぶしい原発のある晴れた日の午後の浜岡
(内田かおり)夕暮れの浜に立ち居て海原の黒く塗られる時を見ており
(moco) ひっそりと砂の浜辺に流れ着くボトルレターの中の風の音
(平岡ゆめ)浜茶屋に焼かれたアサリが口開き隣が誰でもいいような夏
(小野伊都子)砂浜をはだしで行くとさみしいとわかってるのにまた靴を脱ぐ
069:卒業(126〜150)
(寒竹茄子夫)卒業の髪にこんこんと春の雪校塔の鐘響(な)れば鳩舞ふ
(浅葱)さよならの言葉飛び交う卒業の日に始まれるふたりもありて
(はな) 卒業の日の空の色これまでとこれからの青ないまぜに晴れ
091:命(108〜135)
(やや)静けさの海より出でし相面に命はじまるこゑを聞きたり
(内田かおり) 命ひとつ儚きものぞ十六歳と二日で逝った君の温もり
(A.I)いきものの繭を煮出して糸をとる 命は草の露に染められ
092:ホテル(107〜138)
(やや)月あかりホテルの窓辺へ射しいりて蛇の瞳のごと夜に出逢ゐぬ
(里坂季夜)深夜ひとりホテルの部屋の天井に投げ上げてみる丸い言い訳
(砺波湊) 備え付けのレターパッドで鶴を折りホテルの窓辺に止まらせておく
(きじとら猫)駅前のカプセル型のホテルでは今日も誰かが蜂の子になる
093:祝(108〜142)
(やや)「祝言がはじまるらしい」ふいに降るあかるい雨へ手をのばす母
(砺波湊) 祝宴のさなか悟った顔をしてミラーボールは回りつづける
(霰)窓越しにきみの居場所を占ってケーキを焼いて祝う週末
095:裏(105〜130)
(寺田 ゆたか) 古町にきみ在りし日の裏通り のっぺの椀の温(ぬく)かりしかな
(*ビッケ*)ポケットを裏に返せばさらさらと床に散らばる夏の思い出
(砺波湊)爪の裏にもマニキュアをせよと説くひとのタイツの柄を見下ろしている
098:ベッド(106〜130)
(萩 はるか)週末はベッドカバーを替えるように些細な変化求めたくなる
(つきしろ)体臭のかすかにのこる脱け殻のベッドのシーツをひとりで洗う
(里坂季夜)永遠に誰かのものでいることのできぬかなしみころがすベッド
(JEUX INTERDITS)窓辺には冷たく光る月一つ貴方のいないベッドが映る
099:茶(105〜129)
(萩 はるか)ちいさめの茶碗に卵割りおとし簡素な朝はひなたのにおい
(つきしろ)約束は破るほどにもなかったと口にふくんだ紅茶は渋い
(瑞紀)今日ここはあなたのための部屋だから泣いてもいいよ 花茶がひらく
(みずすまし) 手の中でころころころと丸まって新茶揉む背に夕陽があたる
100:終(107〜139)
(寒竹茄子夫) 鮭の身を削ぎて透けゐる一片の肉 たましひの終末を視む
(里坂季夜)長い長いおとぎ話が終わるときまとめて歳をとろうとおもう