題詠100首・百人一首

 題詠100首・百人一首をお届けします。補足的なコメントなどは、例年同様、明日「あとの祭」として書くことにしようと思っております。


  題詠100首・百人一首(平成19年度)


001:始(佐原みつる)
   この町に今日という日を告げるため始発列車は川を渡って
002:晴(惠無)
   言い訳の間抜けた言葉のいく先は 晴れたベランダ 叩くは布団
003:屋根(髭彦)
   美(は)しき屋根連なる旧き麗江の街並み浮かぶ眼閉じれば
004:限(智理北杜)
   北限のブナの里から赴任した教師が息子の担任となる...
005:しあわせ(百田きりん)
   ままごとのお醤油差しを向けられておいしくなっちゃいそうなしあわせ
006:使(椎名時慈)
   わたくしの使用許諾書「同意する」ボタンに触れて服を脱がせて
007:スプーン(佐藤羽美)
   書きかけのメモも離婚もそのままにプッチンプリンをスプーンで掬う
008:種(船坂圭之介)
   はろばろと凪ぐ北の風背に受けてしみじみと聴く貴種流離譚
009:週末(上田のカリメロ)
   恋人に逢えない午後のひとときに 海でもみてるそんな週末
010:握(小野伊都子)
   ちょうちょでもつかまえるような手つきしてあなたがそっと握るおにぎり
011:すきま(富田林薫)
   カーテンのすきまをぬけて春さきがわたしの部屋にまぎれこんでる
012:赤(きじとら猫)
   女の子色だったのは過去のこと ヒーローたちの赤が眩しい
013:スポーツ(やすまる)
   スポーツとしてあるものを身のうらの水の記憶を手繰ってすすむ
014:温(描町フ三ヲ)
  くぐもった抗議の声は腕の中猫の形の温度をいだく
015:一緒(香山凛志)
  大切なひとほど遠くあるまひる他人と一緒にバスを待ちつつ
016:吹(新井蜜)
  さよならといわれた夜に鍋焼きのうどんをふうふう吹きつつ食べる
017:玉ねぎ(小籠良夜)
  玉ねぎの芽吹くくらがり廚(くりや)とは妻がひめごと孕めるところ
018:酸(素人屋)
  弾まない会話の理由 ドレッシングの強い酸味のせいにしている
019:男(寒竹茄子夫)
  男鹿半島風のゆくへを聴きゐたり荒星拉ぐうみどりのこゑ
020:メトロ(五十嵐きよみ)
  写真やらパリのメトロの切符やらひそませコクトー詩集は静か
021:競(原田 町)
  競売にかけられし土地三度目の春をむかえて菜の花咲かす
022:記号(内田かおり)
  いつのまに記号化される我なるか機械はカードに声で答える
023:誰(つきしろ)
  香水をすこし甘めのものにする 誰かに呼ばれたような気がして
024:バランス(暮夜 宴)
  バランスを崩してみたい夜もありサーカス小屋の象はさびしげ
025:化(砺波湊)
  化けて出るくらいならそいつ死なないよ 我が母ながら理屈凄まじ
026:地図(野良ゆうき)
  この地図は二人で書いたはずなのに青信号を一人で渡る
027:給(中村成志)
  給食を護衛してゆく白帽子つばめが渡り廊下くぐった
028:カーテン(ひぐらしひなつ)
  カーテンのゆるきドレープ巻きつけて叔母は振り向く春のさなかを
029:国(佐倉すみ)
  この国の輪郭なぞってゆくように小さな岬をあなたと歩く
030:いたずら(此花壱悟)
  いたずらをしてみむとする大気圏隕石一つ荒れ野に落とす
031:雪(近藤かすみ)
  解きかけのクロスワードの白枠が埋まらぬ 外は一面の雪
032:ニュース(みゆ)
  当確のニュース速報邪魔をする 録画タイムは薔薇を切りたし
033:太陽(浅葱) 
  やわらかき春の太陽招き入れはちみつ色の部屋にたたずむ
034:配(小早川忠義)
  配列をS字に繋げ眺めれば夏の夜空に蠍出で来ぬ
035:昭和(はな)
  私よりちょっと大人の君が見た昭和はどんな夕焼けでしたか
036:湯(文月万里)
  白濁の湯に首浮かべをるわれら不義密通の罪びとのごと
037:片思い(aruka)
  屋上で膝をかかえる少女らの片思いさえきらめく真夏
038:穴(佐藤紀子
  たまに行くすし屋で父が先づ頼む少し甘めの穴子のにぎり
039:理想(里坂季夜)
  棚に上げ自然発酵させていた理想と義理はたしかこのへん
040:ボタン(笹井宏之)
  押しボタン式のあなたをうかつにも押しっぱなしで街へでかけた
041:障(逢森凪)
  もう二度と手の届かないものがたり障子に映る影絵が揺れる
042:海(yuko)
  いいこともないわけじゃない風の吹く私が暮らす海のない町
043:ためいき(みち。)
  吐き出せば誰かにささる飲み込めば自分にささる ためいきは棘
044:寺(振戸りく)
  寺ばかりある街でした 除夜の鐘を数えることができないくらい
045:トマト(はこべ)
  農園の朝のトマトをもぎくれし青年の手は土の匂いす
046:階段(あいっち)
  階段(きだはし)の向こうには空 窓開けてカシオペア座に挨拶をする
047:没(橋都まこと)
  休日の夕にふと見た日没の朱(あけ)にひととき身を浸しおり
048:毛糸(花夢)
  もう、終わりかけているふゆ 編みかけの毛糸をほどくときはかんたん
049:約(月原真幸)
  さかむけの指で交わした約束を思い出すたびクリームを塗る
050:仮面(大辻隆弘)
  はづされた仮面のやうに街上に麝香揚羽のひとつ落ちゐつ
051:宙(遠山那由)
  じりじりと歯車回る音がして宇宙に星の行き交う夜空
052:あこがれ(西中眞二郎)
  あこがれといらだちあまた抱えいし青春の日は遠くなりたり
053:爪(野樹かずみ)
  子の爪はそっと切られて夕闇の木立のうえに上弦の月
054:電車(ももや ままこ)
  朝陽射す電車の床に映された虹のアーチをなぞって歩く
055:労(春畑 茜)
  悉くわれの疲労を喰ひ尽す鯉あらはれよこの夕まぐれ
056:タオル(ドール)
  お昼寝の小さな腕にタオル地のねことうさぎが笑っておりぬ
057:空気(坂本樹)
  いつもより花のあかるいみずぎわにのこるあなたのかたちの空気
058:鐘(おとくにすぎな)
  108人までしか鐘はつけなくてお寺でもらうホットカルピス
059:ひらがな(川内青泉)
  人生の三分の二を小学校で暮らせし我はひらがなばかり
060:キス(愛観)
  キスしない方が不自然すぎるほど近づきすぎて踏み出せぬ距離
061:論(みにごん)
  世論とはこんなものかも知れないと皆既日食ひとり見上げる
062:乾杯(ねこまた@葛城)
  密やかな再会なれば乾杯もそっとグラスを添わせて済ます
063:浜(みずすまし)
  朝焼けの漁場に響く浜唄が風に流れてかすかに聞こゆ
064:ピアノ(白辺いづみ)
  窓のひかり少女の微熱森の風五月ピアノは水滴を生む
065:大阪(霰)
  新世界に小雨そぼ降り幾つもの過ぎた昔と出逢う大阪
066:切(はせがわゆづ)
  また来年と指切りしたのは三年前 今年も最後の花火があがる
067:夕立(寺田 ゆたか)
  津軽野に夕立(ゆだち)来るらしお岩木の傾(なだ)りを黯き雲下る見ゆ
068:杉(やや)
  谷深いふるさとの秋 鬼の子も杉の子もみな冬支度する
069:卒業(桑原憂太郎)
  卒業歌うたひて去つた生徒らの残した上靴ゴミの日に出す
070:神(星桔梗)
  神妙な面持ち崩さぬ神主の含み笑いがふと気に掛かる
071:鉄(平岡ゆめ)
  鉄瓶に祖母は薬湯煎じおり生まれたからには死なねばならず
072:リモコン(翔子)
  初七日の取り残されたリビングで電池の切れたリモコンと居る
073:像(橘みちよ)
  その細き腕に打たれし釘のあり阿修羅像なにも過去を言はねど
074:英語(岡元らいら)
  いつまでもかなしい響きが残るから今日も英語でさよならを言う
075:鳥(moco)
  白鳥が星座になったいきさつを語るふりして君を見ている
076:まぶた(村本希理子)
  子供らのまぶた次々めくり終へ校医は深きみどりの茶を飲む
077:写真(野州
  正面を見ること厭ふ少年の写真まざまざ伸ばしてゐたり
078:経(ふしょー)
  紳士にはなれないけれど野獣にもなれない夜の般若心経
079:塔(睡蓮。)
  君と行く自転車道路塔のある景色が二人おだやかにする
080:富士(本田鈴雨)
  夕空に山かげ浮かぶ地に在れば居を移すたび富士をたしかむ
081:露(うめさん)
  露草を摘みてちちはは待つ家に帰りてゆきたし少女となりて
082:サイレン(一夜)
  「さよなら」を言った側からサイレンが 待てと言うよに鳴り響いてる
083:筒(小春川英夫)
  水筒とリュックと帽子の人達が降りない駅で私は降りる
084:退屈(駒沢直)
  退屈は君の代わりにやって来て壁の模様を教えたりする
085:きざし(萩 はるか)
  右ほほに冬のきざしをうけとめて好きな星座をつなぐベランダ
086:石(A.I)
  墓石に座って文字を彫る人と缶コーヒーを回し飲みする
087:テープ(新野みどり)
  真っ白な細いテープをアクリルに貼って模型の窓出来上がる
088:暗(瑞紀)
  暗みたる部屋に戻りて湯を沸かす簡単に泣く女はずるし
089:こころ(よさ)
  哀しみのこころ届かず君からのメールはいつも顔文字ばかり
090:質問(黄菜子)
  五段階自己評価とう質問に答えあぐねて爪切る夜なが
091:命(空色ぴりか)
  にこにこと生命保険を売りに来る人が苦手でまた席をたつ
092:ホテル(青野ことり)
  灯のともる窓を数えてみあげればホテルの影は舗道に伸びる
093:祝(nnote)
  フェルトのかばんに詩集ミルクティーひとりで過ごすそんな祝日
094:社会(兎六)
  辞書順に【社会保障】と【社会面】社会の終わり次は【じゃが芋】
095:裏(今泉洋子)
  裏庭の柿の実熟れてわれにまだ若き父母あるやうな秋の日
096:模様(行方祐美)
  どようびは花柄模様の傘を差すモネの絵葉書出すために差す
097:話(ワンコ山田)
  眠れない子の寝返りで続く旅おとぎ話は夜つくられる
098:ベッド(みずき)
  寝がへればベッドまだるき春の音 雪の玻璃戸へ虚ろに軋む
099:茶(animoy2)
  なんとなく君が来そうな土曜日は少し高めの日本茶を買う
100:終(萱野芙蓉)
  チェロの音が秋へと傾ぐ終楽章わが裸身知るをとこは去りて