てれすこ(スペース・マガジン2月号)

 例によって、スペース・マガジンからの転載である。最近は発行直後に転載していたのだが、どういうわけか今月はうっかり忘れたままに数日経った。


  [愚想管見] てれすこ    西中眞二郎


 昨年末「やじきた道中 てれすこ」という映画を見た。軽い面白い映画だったが、それはそれとして、これから書こうと思っているのは「てれすこ」という言葉のことだ。

 ご存じの方も多いと思うが、「てれすこ」というのは、古典落語に出て来る魚の名前(?)である。ある土地で珍しい魚が採れたが、誰もその名前を知らない。お代官様が、誰か名前を知らないかと懸賞金付きで公募したところ、ある男が名乗りを上げた。「それはテレスコという魚です」。誰も知らない名前だから懸賞金を払うしかないが、疑念を抱いたお代官様がその魚を干物にして、再度名前を募る。またまた同じ男が名乗りを上げて、「それはステレンキョウと申します」。「でたらめな名前を付けてお上を謀る不届き者」というわけで、その男は死罪と決まる。いまわの際にその男、家族に「これからはイカの干したものを決してスルメとは呼ばないように」との遺言を残す。それを聞いたお代官様、干したことによって名前が変わることに納得し、男は無事無罪放免となった。

 うろ覚えの中身だから不正確なところもあるだろうが、そんなあらすじの落語である。
 その落語が私の印象に残ったのは、ストーリーの面白さもさることながら、テレスコやステレンキョウという言葉の面白さである。現実にはありそうもない名前で、しかもユーモラスな響きがある。なぜこれらの言葉にユーモアを感じるのかうまい答が見つからないのだが、テレスコに似たような言葉の「ステテコ」、これにも何となくとぼけた味を感じる。

 サウジアラビアの国営石油会社に、略称「アラムコ」という会社がある。「テレスコ」に似ていると感じた記憶があるのだが、これにもとぼけた味があるような気がする。
 そう言えば、まだ私が20代のころ、通産省に「エレムコ」という言葉があった。何かまともな言葉の略称かと思ったら、何と「エレベーターの向こう側」という言葉の略称だという。当時の通産省重工業局の中にコンピューター産業の育成を図る課があったのだが、それが階の外れのエレベーターの向こう側にあったところから名付けられたもののようだ。当時は、情報産業はまだ揺籃期で、コンピューター行政もいわば外様のアウトローというイメージがあった。そんなところから、いわば「異端児」という意味も含めて付けられた名前だったようだ。後に大分県知事になられた当時の平松課長あたりの、自嘲を込めた命名だったのかも知れない。コンピューター全盛の現在を思うにつけ、当時のエレムコ関係者の先見の明には脱帽するしかない。

 ところで、この原稿を書こうと思ってパソコンで「テレスコ」を検索してみたら、落語の「テレスコ」はテレスコープ(望遠鏡)、「ステレンキョウ」はスチレン鏡(立体眼鏡)だというのが有力説だとのこと。そうなると、これらは新造語ではないし、また「古典落語」とは言っても、それほど古い由来のものではないと言えそうである。更に検索を続けてみたら、土木機械や自動車の技術用語として「テレスコ」という言葉が出て来た。(スペース・マガジン2月号所収)