題詠100首選歌集(その2)

 3日間旅行して帰ったら、選歌の在庫が随分貯まっている。正確に比較したわけではないが、例年よりスタートラッシュが早いような気がする。選歌と併せて、自分自身の投稿も急がなければならない。というのは、自分の作品を投稿する前には他の方の作品を目にしないという自己規制をしているからだ。
 実は、先日と今日選歌をしていたら、「私の作品のヒントになったと思われても不思議はない」という類の歌を何首か目にした。実際にはそれを読む前に私の投稿は終わっていたので問題はないのだが、もしその作品を先に目にしていたら、たとえそれをヒントにしたわけではなくても、私の作品をその後に投稿することは気が引けただろうと思う。そのルールを墨守するとしても、幸い私の作品は第20まで投稿済みなので、このままでももう1度くらいは選歌集を御披露できるだろうと思っているが、それにしても、私の投稿を急がなければならないことに変りはない。未公表の在庫を含め、かなりの作品は投稿できる状況になっているので、焦る必要はないとは思いつつも、あと10日かそこらのうちには完走する積りで走るのかななどと思ったりしている。


選歌集(その2)

001:おはよう(99〜129)
(川鉄ネオン)なにひとつ終わっちゃいないがとりあえず始まっちまった今日におはよう
(小早川忠義)パソコンを操る指をふと止めて肩越しに言ふ 君に「おはよう」
(末松さくや)おはよう、と声をかけたら新しい日のものとなれおはよう、わたし
(大宮アオイ) おはようは終りの合図輪郭もおぼろな閨に肩は冷えつつ
(新井恭子)おはようの音色は風に溶かされてコーヒー色の髪は過ぎ去る
(水都 歩) 太陽の色もやはらぎそこ此処におはよう小さな春の妖精
(たちつぼすみれ)春なればおはようの色変えてみむたとえば今朝はりんごジャム色
002:次(82〜118)
(藤野唯)叶わないことをお互い知っていて次会ったときの話をしている
(みずき)後のなき答へ戸惑ふ指の間(あひ)二次試験とふ朝の暗がり
(新井恭子)次々と空から落ちてくる羽根の白さ寒さを噛みしめている
(emi) 少年が風になる日に会いにゆくこの次という日はもうなくて
(髭彦)次世代を育む吾の業思ふたかが教師のされど教師の
003:理由(62〜105)
(究峰)理由などあるはず無いとつぶやきて己の闇を心に隠す...
(矢島かずのり) 隣人がエレベーターで泣いていた理由を僕は知らなくていい
(富田林薫)よあけまえ肩甲骨を撫でながらあなたが羽根をほしがる理由
ひぐらしひなつ)俯いて理由を告げる膝の上に鬱金香の一輪を置く
(新井蜜) 理由などないはずなのにさっきから上見てばかり 春はもうすぐ
(青野ことり)理由だけ思いだせない言い訳がわたしの芯をさりさり削る
(夏実麦太朗) 理由など後から付いてくるものと一眼レフのカタログに見入る
004:塩(43〜91)
(帯一鐘信) 指先でこすり落ちてく塩の雨 傘をささない女と濡れる
(梅田啓子)塩分を制限されゐる子と彼はひとつ小皿に醤油つけ合ふ
(川鉄ネオン) 言わなくてもいいことだった塩味のたりない枝豆ぽちぽち齧る
(みずき) 塩茹での魚は怪しき反り身なる遠き日暮れの海鳴りのなか
(小籠良夜)古傷に沁む塩の如あかときの首筋に降る春の沫雪
(酒井景二郎)をばちやんが消えた莨を賣る店にまだ殘つてゐる錆びた鹽の字
(青野ことり)岩塩の塊削る モンゴルの空の蒼さを遠くに想う
(夏実麦太朗)古の塩の道とふ国道に融雪塩を大量に撒く
005:放(37〜82)
(空色ぴりか)放浪をしていたといふそのひとの静かに蕎麦をすするくちもと
(村上きわみ)奔放な風のことばを聞きながら岬は夏をみごもるだろう
(新井蜜)若駒ははだれの中に放たれり父母を去ると決意せし朝
(みずき) 降る雨に放電灯のなほ冴えて揚羽のごとき影を落としぬ
(川鉄ネオン)背中からしらけたセリフ放たれて空の青さえ薄くなる午後
(一夜)母なれど子の人生は操れぬ 解き放たれた行く先は見ず
(斉藤そよ) 「ご自由にお取り下さい」ひだまりは春のお空に放たれている
006:ドラマ(32〜74)
(空色ぴりか)ゆふやけのいろのコートがにあひけり韓流ドラマがすきだったひと
(みずき)紙魚となりドラマティックな生涯の日記に映す亡父(ちち)の残像
(清水ウタ) 置き去りの煙草をふかす安っぽい昼のドラマのような指先
(川鉄ネオン) なにひとつ為さぬ背中に日は暮れて再放送のドラマをみている
(梅田啓子)バイト帰りの我を待ちゐし君の影 四十年(よそとせ)経てばドラマのごとし
(たちつぼすみれ)淡々と夫とのドラマ続き居り山場修羅場は影ひそめたり
(David Lam)友からは離婚知らせし電話あり、二話目より視る連続ドラマ
007:壁(1〜60)
(行方祐美) 古代遺跡の壁画に風が渡るときツタンカーメンの背骨の鳴りぬ
(船坂圭之介)壁を這ふ蜘蛛ひとつ居り春の陽の際やかに映ゆなかに身を伏せ
(大辻隆弘)砂のふる空を見上げてゐたりしか陽に泡立てる壁に凭れて
(やましろひでゆき)壁塗りに命をかける父がいて壁紙はがす母はすでになし
(本田あや)壊せないものにかぎって壊したい 爪で名前を掻く防火壁
(空色ぴりか) 土壁にざらりとふれし指先にまだ残りたるそのひとの声
(原田 町)鼻水とくしゃみ止まらぬ啓蟄のパソコン壁紙まだ雪景色
(みずき)君去りし十日ののちの胡蝶蘭 壁のしじまに血色透かすか
008:守(1〜48)
野州)蕩尽の日日もなつかし野にあれば子守り娘のくるぶし白し
(詠時) 四季の色移ろう中でモノクロの沈黙守る原爆ドーム
(草蜉蝣)しら壁に家守すひつき間合ひつめ手に汗にぢむ夏の夕暮れ
(本田あや)約束は守る 三日月射す道を一人ひとりで歩いて帰る
009:会話(1〜40)
(柴やん)他愛ない女生徒の会話弾みつつ我は聞かじとヘッドフォン鳴らす
(此花壱悟)潅仏会話すことなどないけれど肌を嗅ぐため理由(わけ)つけて逢う
(蓮野 唯) 会話から見えないことが見えてきて苦手な人と笑い合えた日
(畠山拓郎)想定し話す中身も決めたのに違う相手と会話している
(大辻隆弘)かくやくと夏の会話を交はしあひせせらぎ暗き渓も越えにき
(泉)それぞれが出かけし後の食卓に朝の会話が残つてをりぬ
(夏実麦太朗) スタートが肝心などとうそぶいて英語会話を始める四月
010:蝶(1〜37)
野州) 夏蝶の鱗粉ぬぐふ手指もて君の胸乳の創(きず)拭ふなり
(史之春風)故郷に残した君の着メロが鳴り終わるまで蝶を見ていた
(詠時)蜘蛛捕らふ黒蝶ハタハタ煌めきてやがてひとつの漆黒に帰す
(みずき)蝶死して花とならんか春雨の十粒のなかに木の葉揺れたる