題詠100首選歌集(その7)

 このところ春を思わせる陽気が続いたが、今日は打って変わって冷たい雨の降る1日だ。2月末の気温とか。


  選歌集・その7

002:次(145〜169)
(越後守雪家) その先に知らない世界が広がっているような気がする次の駅
(和良珠子)死の次に来るものを思う父に似た大きな耳の子を抱くとき
003:理由(132〜156)
(秋月泛) 幼子が知恵を巡らせ披露する借りた絵本を無くした理由
(文)理由ならお望みどおりそろへませう さくら花芽はまだかたきまま
(わたつみいさな。)待ち濡れてなお春が来ぬやわらかな理由を告げる薄い唇
(飯村みすず)独身の気軽さなどを聞き続け結婚しない理由は聞かず
(森タマミ) 誘われた理由(わけ)などわからぬままでよい 晴天だから椿のかんざし
(村本希理子) ポケットにヘアピン刺してゐる理由(わけ)を語る子とゆく古い地下街
006:ドラマ(106〜133)
(末松さくや)打ち切りが決まったドラマの展開のように淡々とした幸せ
(園美)適当に人の話を聞く日常 サイコドラマが空回りする
(わたつみいさな。)撮り溜めたドラマも観ないまま過ぎて沈々更けるただの真夜中
(村本希理子) 真夜中のラジオドラマにチューナーを合はせば濃くなるてのひらの影
013:優(56〜81)
ひぐらしひなつ)女優の名を思い出せずに昼中のバスに揺られて行く花の下
(帯一鐘信) 雨みたく優先席の陽だまりを集める窓に手をふる別れ
018:集(27〜53)
(本田あや)青春の後日談だけほろほろと集めてしまうロッカーを置く
(泉)紫の立子(たつこ)全集古書店にひらけばうすきルビ振られあり
(新井蜜) 思いがけぬ人と出会いてやすらぎの集いとなりぬ帰国者の会
(梅田啓子)切り抜きを父が集めしその中に南田洋子の若き日のあり
(大辻隆弘)声はひとつ高みに集ひ亡きものをしづめむとする歌は果てたり
019:豆腐(27〜52)
(泉)おぼろてふ豆腐をふたり分け合えば白き半月ふるふる崩る
(那美子)湯豆腐の湯気楽しくて 花街に続く都にまたも来にけり
(大辻隆弘)おわかれは杏仁豆腐、むらさきの薄き陶器の匙に掬ひて
(振戸りく) 自転車の鈴とラッパを鳴らしつつ豆腐屋が来る 夕暮れも来る
026:基(1〜25)
(行方祐美)基礎英語を毎朝聞いたあの頃の弾けんばかりに匂う思い出
野州)春の日の化学教師が板書する塩基配列のやうな退屈
(藻上旅人) 裏山に打ち捨てられたるステレオの剥き出しの基板 陽を返しけり
027:消毒(1〜25)
野州)地下室の消毒槽に浮かびたる死者に紛れてわが五月祭
(船坂圭之介)隔日に消毒を受くこの腕にあはれ紅斑消えやらず在り
(穴井苑子)清潔なわたしを演出したいから消毒液の香りのを買う
(泉)艶やかに苺煮上げて消毒の済みし容器に春を詰め込む
028:供(1〜26) 
(行方祐美) 供花抱きのぼる坂道からからと壊れてゆけるあなたがこわい
野州)仏壇に父の好みし八海山供へて飲んで命日とする
(蓮野 唯)お供えを分ける時間を楽しみに正座に耐えていた幼い日
030:湯気(1〜25)
野州) 淹れたての珈琲の湯気に曇りたる眼鏡で見あぐ黄沙降る空
(船坂圭之介) 温かき湯気に煙らふ春浅き道後湯之町底冷えのして
(みずき)湯気たてて土鍋に落とす怒り癖あしたの見えぬ箸つつきあふ
(泉)髪洗ふ夜に哀しき涙癖やさしき湯気の隠しくれなむ