題詠100首選歌集(その9)

 今日は雨催いの肌寒い一日。桜の蕾もほころびかけたところだが、一種の花冷えとでもいうべき陽気なのだろうか。私が勝手に決めた選歌集掲載基準(主催者サイトのトラックバック件数ベースで25首以上のもの10題)にやっと達したところだ。この分では、あと数日は選歌集はお休みということになるのだろうと思う。


      選歌集・その9


009:会話(98〜123)
(わたつみいさな。) 静寂に怯えるような微笑みと会話の端に黄昏の音
(青野ことり) 夕暮れをそぞろ歩けば父さんと交わした会話のちいさなかけら
(やすたけまり)かぎかっこかならずとじて教科書の会話みたいに句点でおわる
(村本希理子)キッチンの蛇口と会話する夫を見つけてしまふ わたしが悪い
(月子) 魚売る言葉の響きここちよく会話も楽し北陸の町
(きくこ) 何気ない会話をかわし別れゆく終の言葉と思えぬままに
010:蝶(94〜123)
(髭彦) 茶と黒に豹紋まとふ西国の蝶飛ぶ春のかなしからずや
(一夜)母植えし色とりどりの花畑 父の命日蝶が舞いおり
(萱野芙蓉) 瑠璃色の星図を背負ふ蝶一頭おもたき夏の午後を飛びをり
(田丸まひる) けれどまだ髪に蝶々はべらせて似合ってしまうわたしが好きか
011:除(87〜113)
(帯一鐘信) 除雪車のタイヤの跡を平行に並んで歩き春の足音
(村本希理子) じやがいもの芽を除くのは兄弟を父を知らない息子の右手
(橘 こよみ)除光液ちらしたような夕空になって終わってしまう道草
(冬の向日葵) もういいとDeleteキーで削除して一年前のわたしが消える
017:頭(54〜80)
(村上きわみ)むずかしい顔で竜頭を巻きながら父がだまっている 夏だった
(大宮アオイ) 雨ふくむ風にあおられ千切れ飛ぶ吐息を合わせた真冬の埠頭
(水都 歩)春だよと頭並べるつくしんぼ河原の土手は陽も風も春
022:低(26〜57)
(酒井景二郎) 低脂肪食品ばかりむさぼれば僕は氣弱な狼になる
(椎名時慈)低空を落ちないように飛ぶ鳥よお前も風に乗り損ねたか
(大辻隆弘) 低き陽が机のしたに這ひ入りて暖めてをり脛のこぶらを
(湯山昌樹) 低気圧が来ると頭痛がするのよとこぼす母親 七十路に入る...
023:用紙(26〜54)
(松下知永) いくらでも冷たくなれる真夜中にFAX用紙はカールして出る
(梅田啓子)画用紙に父描きくれし少女の絵の二重瞼は母に似てゐき
(椎名時慈)僕たちの顔を描いた画用紙でひこうき折って春を見下ろす
(大辻隆弘) もくれんの莟ぬるめる闇に立ち答案用紙のごときその白
(水須ゆき子) 申込用紙に名前を書くたびにどこかが欠けて風の強い日
024:岸(26〜50)
(こはく)ほどほどに期待通りのことを言い湾岸道路で帰る3月
(梅田啓子)彼岸なれば前妻の墓に花そなふ我の入ることなき墓なれど
(はこべ) 白雲を浮かべる池面に水脈(みお)ひきて真鴨のつがい岸へといそぐ
032:ルージュ(1〜26)
(玻璃)「もう今はこんな色は」とひとりごち ただ仕舞い込むルージュの想い出
(みずき)ルージュもて鏡に描きしさよならの海が広がる夏冷ゆる午後
(詠時) ボクが目で問えばルージュに春の陽を揺らしてキミは無言で答える
(こはく)選べないことに自由もあるらしくムーラン・ルージュの絵の前で待つ
033:すいか(1〜25)
(此花壱悟)すいか腹無防備になる八月を猫がのしのしまたいで過ぎる
(みずき) 日当たりて小さきものよ割られゐしすいかの朱より海の高鳴る
(詠時) あの月をすいかのように丸抱えして帰りたや田舎は祭りか
(蓮野 唯)種飛ばしやんや騒いで手を打てばすいかも笑う夏真っ盛り
035:過去(1〜26)
野州) 玉子サンド頬ばりながら過去形で語られてゆく恋を聞きをり
(行方祐美)過去形はいつもやわらに戦ぎいつ今夜を香るデミグラスソース