題詠100首選歌集(その13)

 古い仲間に誘われて、隅田川の花見に行って来た。もう時期はずれかとも思ったが、幸い数日前の花冷えのせいもあってか、かろうじて満開を少し過ぎた程度の花見を楽しむことができた。もっとも、少し歩き疲れてくたびれた。


   選歌集・その13

010:蝶(124〜148)
(七十路淑美)あじさいの花こぼるると近づけばシジミ蝶一羽つと飛び立ちぬ
(ほたる)まばたきを忘れた人の落し物TATTOOの蒼い蝶に抱かれて
(寺田ゆたか)蝶と舞ひ蜂と刺したるボクサーもありき 昭和の真盛りなりき
(ワンコ山田) こめかみに繋がる骨の蝶の翅そっと私の宇宙を包む
(和泉悠陽)恋をして「お腹に蝶がいるようだ。」コロンビアーナの娘が笑う
011:除(114〜138)
(幸くみこ)熱湯であらゆるところを除菌して じっと手を見る夕餉のキッチン
(池田潤) つまらない大人になったもんだねと終わりを見ない声を排除す
(ほたる)削除キーゆっくりと押すタイミングきみの切れ端まだ飲み込めず
(末松さくや)つないでた手は向こう岸残るもの除かれるものはないちもんめ
(文) 慎重に排除されたる色彩のはかなかりせば素肌にまとふ
013:優(108〜135)
(萱野芙蓉) いつまでも十六歳でゐたい娘が優しげな手でチキンをむしる
(田丸まひる)わたしなどいらないひとのうるわしい優越感にえぐられている
017:頭(81〜105)
(暮夜 宴)つまさきで埠頭の夜をかきまぜて風に吹かれるままのみちゆき
(kei) 人に少し哀しみ残し三頭の河馬の背中のしずかに暮れる
(幸くみこ)地下鉄の始発電車の先頭で東京に今日をねじ込んでいく
(ほたる)誰もこないところで秘密は作られて青鶏頭の揺れる廃校
022:低(58〜82)
(原田 町)利根堤防決壊すれば犠牲者は五千人とう低き地に住む
(我妻俊樹)ひざよりも低いところに空のある家族写真をそれぞれ失くす
(史之春風)今日だけはかかとの低い靴を履く 最前列で見送るために
(月子)ぼくよりも背が低いねと言う憎き息子の制服まぶしい四月
024:岸(51〜75)
(大辻隆弘)ひとはたれも岸を抱くとぞ葦のうへにあしたの雪を薄く積む岸
(本田あや)このカーブきみに似てると嘯いて海岸線をなぞるゆびさき
(水都 歩)淀川に繋がる川の川岸にミソハギの花毎年咲けり
028:供(27〜55)
(梅田啓子)甘口を母が好みし赤ワイン誕生日には遺影に供ふ
(松下知永) おめでとうをなんども言った帰り道抱きしめそうで子供を避ける
029:杖(26〜53)
(村本希理子)クリスマスツリーの杖の赤白の捩れて解けない血縁を持つ
(水都 歩)頬杖をつきつ気怠い春の午後今日一日は引きこもりませう
030:湯気(26〜50)
(こはく) 季節はずれの湯気の向こうにいたきみを忘れるための温度を探す
(小籠良夜)さも魔女の鍋に湯気たつ心地してハーブだらけのバスタブに入る
(大辻隆弘) コーヒーの酸き一杯(ひとつき)をあかつきの湯気ただよへるなかに汲みにき
(椎名時慈)出来立ての料理のように湯気の立つ身体をそっとつまみ食いする
(村本希理子) 湯気立てるみたいに笑ふひとになる間歇性の陽気を帯びて
044:鈴(1〜25)
(船坂圭之介)今宵またいづれともなく鈴の音(ね)を羞(やさ)しく鳴らし迷ひ犬来る
(みずき)鈴ばさみ解す刺繍のあはあはと季節の縫ひ目たどり三月
047:ひまはり(1〜25)
(船坂圭之介)うたかたの夢にかも似つ遥か日にふたり歩みしひまはりの道
(みずき)太陽を追ふ華やぎと哀しみの真中に揺れてひまわりの雨
(髭彦)美しきひまはり畑の映るたび悲しみ募る映画のありき