医師と弁護士(スペース・マガジン4月号)

 例によって、スペース・マガジンからの転載である。同誌は、日立市で刊行されているタウン誌で、昨秋発刊30周年記念パーティーも開催され、私も出席して来た。もともと日立とは全く縁のない私なのだが、ある御縁で3年余り前からコラムを依頼され、毎月雑文を寄稿させて頂いており、発行後にこのブログにも転載することにしている。


[愚想管見] 医師と弁護士              西中眞二郎

 
医師と弁護士と言えば、各種の資格の双璧と言っても良いだろう。ところで、どうして医師は「師」で弁護士は「士」なのだろうか。言うまでもなく、「師」は「教師」なのだろうし、「士」は「武士」なのだろう。ではどっちの方が偉いのか。医師と弁護士では甲乙付けがたいだろうし、教師と武士でも同様だろう。
 現在は、両者とも、一種の資格の呼称として使われている場合が多いが、呼称としては「師」の方が古いのではないか。薬師如来にはじまり陰陽師表具師、次いで香具師(やし)、山師といったいかがわしいものもあるし、更には詐欺師やペテン師までいる。そう言った意味では、善悪を問わず権威あるベテランの呼称として、「師」は古くから馴染みがあったのだろうし、薬剤師や技師も、その系列に属するのだろう。
 権威とかかわりがあるかどうかは別として、理容師、美容師、柔道整復師といった呼称もある。最近では、男女平等の観点から、看護婦や助産婦も、「看護師」、「助産師」と呼称が変わった。
 では、「士」はどうだろう。明治以降、新しい資格制度の誕生とともに生まれた呼称に、比較的多いのではないか。弁護士、税理士、会計士などがそうだし、公式呼称ではないが「代議士」もそうだ。最近では、民間レベルでの任意の呼称として、「販売士」その他の呼称もいろいろ誕生しているが、多くは「士」を使っているようだ。
 どうもイメージとしては、「師」には、何となく古めかしく温かみがある反面、いかがわしさにも馴染むような気がするし、「士」の方はクールな印象がある。ところで、なぜ「看護婦」は、「看護士」ではなく「看護師」になったのだろう。医師と同類という連想からなのか、それとも女性の多い職種でやさしさを求められるといったところから、「サムライ」は似合わないということなのだろうか。考えてみれば、美容師、理容師などは、医師とは関係ないとは言え、人の体を扱う職種である。そんなところから、「師」は「やさしさを求められる職種」なのだという割り切りもあるのかと思ってもみたが、「理学療法士」や「歯科衛生士」などは、医師や看護師と類似の職種にもかかわらず「士」である。最もやさしさを求められて、しかも「教師」に近い存在の「保母」は、「保育士」に変わり、両者の使い分けがいよいよ判らなくなって来た。
 仮に医師を「医士」と書いたとすれば、何となく無機質で冷たい印象を受けるような気もするし、弁護士を「弁護師」と書けば「詐欺師」に通じるいかがわしさを持つような気がしないでもない。これまでの呼称に馴染んで来たことから来る違和感というだけの理由なのかどうか、どうも良く判らない。
 インターネットで検索していたら、「臨床心理士及び医療心理師法案要綱」なるものに行き当たった。関係者による民間ベースの私案らしいが、なぜ臨床が「士」で医療が「師」と使い分けているのか、さっぱり判らない。たまたまそのような呼称を関係者が使って来たということなのだろうが、仮にこの法案が日の目を見た場合、使い分けにどのような説明をするのか、ちょっと興味があるところだ。
                 (スペース・マガジン4月号所収)