題詠100首選歌集(その31)

           選歌集・その31


014:泉(165〜189)
(翔子)  陽のように燃えて尽きしか車椅子そっと泉に降りてゆく今朝
(間遠 浪)この水はいつかわたしに降った雨泉に泳ぐ魚をみており
015:アジア(166〜191)
(翔子)逝きし君解き放たれて空に舞ふアジアの風はきっとやさしき
(末松さくや) 大切なときにうつむきながら見るアジアンカフェのテーブルクロス
024:岸(126〜154)
(田丸まひる)そんな目をするからでしょう よくばりのふたり着岸する場所がない
(寺田 ゆたか)見えもせぬ向かうの岸をキと睨み龍馬立ちをり桂の浜に
(睡蓮。) 血の如くたぎる想いは夏過ぎて空へ吹き出し咲く彼岸花
036:船(77〜101)
(本田鈴雨)エンジンを切れば鯨とわが船と或る距離たもちつつただよへる
ひぐらしひなつ) 船の名を右から読んで六月の晴れ間に水のボトルを翳す
(湯山昌樹) 高台にありし校舎の窓越しに長き尾を引く船を見た夏...
(野良ゆうき)庭先を通る大きな船影は見えないようにカーテンを引く
037:V(80〜109) 
(kei) 目覚ましの短針がVを二回指すそれがふたりの別れの合図
(斉藤そよ)しのこしたことをしようか新緑のV字カーブを曲がりきれたら
(本田鈴雨)核心を避けるばかりの人とゐて会話の谷間V字めきゆく   
(青野ことり) そよ風も光も町も逆Vに立つ脚ごしにとどく日曜
(橘 みちよ) V-ネックの紺色セーター覗かせて制服の少女五月を駆くる
038:有(78〜102)
ひぐらしひなつ) 逃れきて書棚の陰にできたての固有名詞を呟けば春
(kei) 薫風を味方につけて歩き出すゆっくり有卦に入る乱れ髪
(イツキ)さみしさもあってもいいさ見上げれば有明の月やさしくひかる
(村上きわみ)有り体に言えば泣きそう はつなつの風にいくつも結び目がある
(野良ゆうき)有限の喜怒哀楽で満たされた身体ひとつを風呂に浮かべる
(橘 みちよ) 有線の流るる店に入り来る女が映る奥の鏡に
(青野ことり) 「古賀さんの畑でとれたトマトです」有機野菜にちいさなカード
(文)明日有るを疑はぬてふあしどりに監視カメラのなかをあゆめり
039:王子(77〜102)
(南 葦太) 幸福であるなら別に王子ではなくともいいさ 燕のように
(史之春風)コンビニの袋を提げて帰り来る不思議王女とオッサン王子
(千歳)ぶたかとり焚いて枝豆用意して 縁側で読む星の王子さま
(やすたけまり)三日月はひとりでわたるはるばると姫も王子もいない砂丘
(遠藤しなもん)結局は脇役なので劇中の王子様にはお名前がない
045:楽譜(51〜75)
(泉)「おだんご」と「さんどいっち」と音符描き楽譜はいつかピクニックの絵
(はらっぱちひろ) 妹の楽譜ぱらりと彼女には彼女の淡い追憶がある
(萩 はるか)私には最後の楽譜かろやかに小犬のワルツさよならピアノ
(絢森) 楽譜から生まれた小人は五線譜を上手に結び余白を紡ぐ
(本田鈴雨) わがために作りし曲の楽譜ひとつ与へて去りしひとりのありき
093:周(1〜25)
(船坂圭之介) 周波数わづかずれ居り深き夜のラヂオ放送耳に苦しき
(梅田啓子) パソコンの周辺機器と言はれをり刺身のつまのやうな軽さに
(はこべ)奥京の周山街道杉なみき『古都』を思いて苗子をさがす
(振戸りく) チャンネルを合わせるように耳を寄せあなたの周波数を受け取る
(中村成志)草原(くさはら)の中よこむきに眠りおる猫の周りを羽虫はめぐる
(七十路淑美)ポケットに周遊券持つ旅でした名前も聞かないひとときの恋
099:勇(1〜25)
野州)言ひ出だす勇気がなくてゆふぐれの空に渡れる風を追ひたる
(みずき) 勇猛なギリシャ神話の一こまを壁画に触れしのちの雪なる
(梅田啓子)夫の字を勇ましき夫と答ふれば電話の向かうに笑ふ声あり