題詠100首選歌集(その33)

          選歌集・その33


003:理由(236〜261)
(美木)日曜の昼をひとりで過ごしてる理由を人に告げられぬ恋
(白辺いづみ)「その理由」から始まった会議での新緑みたいな謝罪あいさつ
(瑞紀)流れくる(はずの)理由を待ちわびて西風の吹く川岸にいる
(百田きりん)切り絵師のようにはさみでじゃくじゃくと切ってあなたに差し出す理由
(やすまる) 微睡みの理由としては雨降りに半音下がる話し声など
(寒竹茄子夫)理由なき反抗眸(まみ)に澄みゐしが孔雀の羽のしづかにひらく
007:壁(213〜238)
(長月ミカ)塗り壁を食べてるみたいと笑われてフレンチトースト更に頬張る
(瑞紀)いつよりか小さき蜘蛛が壁におり糸を張るでも逃ぐるでもなく
(翠)透明な壁が隔てて なつかしい日々とそれらを語りあう今日
009:会話(201〜225)
(こすぎ)指と指からめて会話する映画あのとき二人今またひとり
(瑞紀) ゆくりなく生演奏の始まりて<響>のグラスに会話を閉じぬ
(下坂武人)気のきいた会話をさがしているのです、コーヒーに砂糖四つとかして
(やすまる)指先の会話をおえてそれぞれに朝のてのひらは羽ばたいて行く
017:頭(157〜182)
(吉浦玲子)はろばろと魂(たま)なき旅を渡りこし古人(いにしへびと)の頭蓋の罅よ
(翔子) 仏頭に頬にもやさし蒼い風花の終わりの飛鳥路を行く
022:低(137〜161)
(萱野芙蓉) うなされて目覚めたやうな あぢさゐの低き歌ごゑ月下に聞こゆ
(吉浦玲子) 言葉ひとつ記憶の淵に立ちてきぬ低音やけどのやうにうづきて
(寺田 ゆたか) 二つ玉の低気圧ブスッと串刺しにして列島は夏へ行くらし
023:用紙(132〜157)
(峠加奈子)会えなくてあなたの名前何回もB5の用紙いっぱいに書く...
(白田にこ) 青色のメモ用紙にはあさっての予定と月の満ち欠けを書く
(吉浦玲子) コピー機に詰まりし用紙除かむとむきになりゆく午後のゆびさき
(美木) 青色のクレヨン握る右手から画用紙越えて空が広がる
031:忍(104〜128)
(五十嵐きよみ) 背後から忍び寄っても気づかれて先に私が抱きしめられる
(史之春風) それぞれに皆忍び足 今朝もまた猫食堂のおかわりを出す
(文)一夜さをさまよひありく少女あり丘のなだりに忍冬さく
(寺田ゆたか) 忍冬の蘂(しべ)のゆらぎのかそけさを愛(かな)しと思ひて歩みとどめぬ
032:ルージュ(102〜127)
(本田鈴雨)死なば春の化粧(けはひ)のままに焼かれたしルージュオンルージュ桜襲(さくらがさね)の
(五十嵐きよみ) ヒロインが白黒映画の中で引くルージュはきっと野ぶどうの色
(暮夜 宴)くちびるがさびしがるたび重ねてく赤いルージュと下手くそな嘘
(文) ルージュなど知らぬままなる少女なり素足さしいる白きサンダル
(寺田ゆたか)寺の鐘聞きつつ下る異端者のわれ待ち受くるルージュの風車
(吉浦玲子)少女なりしわれの妬心のまむかひに叔母のルージュの鮮やけき色
047:ひまわり(51〜75)
(はらっぱちひろ) あてもなく忘れられないひまわりの庭を追いかけ翳りゆく夏
(村本希理子) 裏庭の赤いひまはりうなだれり妹の飼ふ犬孕む夏
(絢森)ひまわりの種がひとつぶ消えるたび小人がひとり午睡に入る
(斉藤そよ) ひまわりのふたばが並ぶあたりからお地蔵様の声が聞こえる
(岩井聡) 秒殺の捨て台詞なお胸元に振り返るたび夜のひまわり
097:訴(1〜26)
(行方祐美)訴える力も持たず過ぎにけり六法全書も雨を含みつ
野州)ネットカフェの液晶画面に満ち満ちる哀訴かも知れず珈琲苦き
(船坂圭之介)愁訴多き患者のゆゑに何か事起る懸念を申し送りぬ
(みずき) 何ごとも不定愁訴と片づけつ皿洗ふ手の震へ恐れぬ
(詠時)匿名でバッシングする正義には訴えるべき主張も見えず
(はこべ)雨の日は不定愁訴が支配するひとり叫べば雲にとけゆく