題詠100首選歌集(その39)

          選歌集・その39



005:放(244〜268)
(寒竹茄子夫) 放牧牛に近づく虻の翅ひかり致死量の水銀奔るわが夏
今泉洋子)重力に解き放たれてさみどりの宇宙(そら)へ飛びたきリラ咲く朝
(雪海)放課後のない生活に慣れてきて それでも恋は始まるらしい
駿河さく) 君とただ放送室で抱き合ってボブ・ディランから朝が生まれた
007:壁(239〜264)
(寒竹茄子夫) 赤き壁の蔵の街ゆくみちみちに手折る露草爪染めながら
(近藤かすみ)噴水の影をかそかに映しゐる白壁ありぬ美術館裏
今泉洋子) 白壁に利休鼠の雨は降りどんこ船はや歌碑を過ぎたり
(内田かおり)くったくのない明るさで朝の壁は銀を散らして道に連なり
(ジテンふみお) 工場の壁のあいあい傘避けて蜘蛛は優雅にハンモック張る
009:会話(226〜251)
(はせがわゆづ)つながらない会話を思うちぐはぐのパズルのピースに隠された嘘
(内田かおり)自転車の少女ら会話を飛ばしつつペダルのリズムをふいに合わせる
(弓)会話にはならぬ会話が会話ですひとりつぶやく夕焼け小焼け
023:用紙(158〜182)
(あおゆき) さようならあなたがこの先たくさんのしあわせ用紙を買えますように
(たかし)梅雨空にいちばん近いビルの上A4用紙に書く恨み節
024:岸(155〜179)
(美久月 陽)不機嫌なたましいたちが渉れずにこちらを見てる彼岸の蛍
(紫月雲) 伝え得ぬありがとう込め大輪の百合束ねたり彼岸に飾る
(わたつみいさな。) 対岸にあなたがいても美しくいられるだけの薄情になる
(勺 禰子) 岸恵子みたいな女になれと言い、父が娘に飲ませた洋酒。
031:忍(129〜154)
(睡蓮。) 恋心そっと手帳に忍ばせて乙女に戻る仕事の合間
(ワンコ山田)忍び会う約束は未明(あさ)蜘蛛の巣に夜露(つゆ)丸まって光る寸前
(もよん)「釣り忍 入荷しました」 張り紙の 花屋はすでに 夏の装い
036:船(102〜127)
(小椋庵月) だれも来ず双胴船が波止場よりつま先立って客を待ちたり
(花夢)ただ風の心地良さのみ抱きしめて知らぬあなたの船のゆきさき
037: V(110〜134)
(五十嵐きよみ)友だちのカメラに向かいVサイン四つ並べてはしゃいでみせる
(虫) Vサイン出して車道を駆け抜ける 指の谷間に風を集めて
(ワンコ山田)危うげな傾き君に見せつけて倒れてもいいV字バランス
052:考(51〜76)
(はらっぱちひろ) 霧雨に折りたたみ傘ひろげれば考えごとの数ほど独り
(村本希理子)考への足りないことを言つたあとしばらく回る洗濯機となる
(沼尻つた子)上野まで会いに行くたび雨だった考え続ける青銅のひと
(大宮アオイ) 考えの甘さを責める君の目の色が悲しい駅の改札
ひぐらしひなつ) 悉く話は逸れて考古学研究室に黴びる焼菓子
053:キヨスク(53〜79)
(蓮野 唯)駆け寄ってドアが閉まった気まずさをキヨスクでガム買って誤魔化す
(原田 町) 阪神の負けし翌日キヨスクの新聞ポスト横目に過ぎる
(はらっぱちひろ) 酔いながらひとりよがりの夢をみて竜宮城のようなキヨスク
(村本希理子) コンビニになつたキヨスク耳あてのついた毛皮の帽子が欲しい