題詠100首選歌集(その44)

 「せんか」と打って変換すると、たいていの場合「選歌」が出て来るのだが、今日は「戦火」が出た。去年の8月もそうだったような気がする。まさか8月のせいでもないだろうが、それにつけても、8月という月は重い月だとしみじみ思う。


       選歌集・その44

001:おはよう(286〜310)
(内田かおり)ぎこちない笑顔も見えておはようは凪を終わらせ漣小波
(原 梓) おはようと言うべきひとも特になく珈琲の味が昨日を保つ
(お気楽堂)朝が来るたびに生まれる新しい私が欲しい おはようおはよう
020:鳩(185〜209)
(やすまる) 早緑のさつき朔日すり抜けて風のあなたに山鳩は啼く
(内田かおり) 中空をすうと横切る一群れは何処の鳩や青に吸われて
(佐藤紀子)明け方の夢に入り来る鳩の声朝(あした)の浅き眠りを覚ます
今泉洋子)裏切りはわがアクセサリー鳩尾(みづおち)が痛むくらいの嘘をつきたり
(久野はすみ) 伝書鳩もどらぬゆうべ、一片のパンにてぬぐうジビエのソース
(冬鳥)部屋中の赤すべからく血の色で鳩肉料理に刺す銀ナイフ
026:基(158〜182)
(翔子)おずおずとホールの端に腰浅く青い地球の基調講演
(FOXY)密謀の噂絶えなき基隆(きーるん)の夜毎夜毎の月赤かりき
(内田かおり) 悲しみののマリアの膝の基督の落ちたる腕の哀れみ ピエタ
(深町ななみ)秘密基地 息を潜めたあの時を ふと思い出す夏の夕暮れ
佐藤紀子) 「基本線だけでも決める」と開きたる会議がまたも行き詰まりたり
034:岡(131〜156)
(FOXY)この岡に児童数千余の校舎ありき 今は茫茫草(くさ)生(む)すばかり
(あおゆき)夏至祭のかがやく岡に太陽も眠りを忘れ空にとどまる
(石の狼) をんなとは何か教わる月が来て岡本かのこ『巴里祭』を読む
(翔子) 「売家札」ここかしこ立つ散歩道すすきケ岡というニュータウン
(近藤かすみ)うつしゑに微笑む若き父がゐる「紅もゆる」岡の碑のまへ
043:宝くじ(101〜125)
(史之春風) 宝くじ売り場で買える夢の中に僕の未来は含まれますか
(五十嵐きよみ) 宝くじ買ったころにはしあわせな未来を語り合っていたのに
(いろは)宝くじ当たらないからきっとまだ何かいい事訪れるはず
(勺 禰子) 太地町の宝くじらを思ふとき、熊野灘とふ響きの昏さ
(ジテンふみお) 宝くじ一等が出た売り場にはそうとは見えぬ売り子鎮座す
(暮夜 宴) 宝くじ売り場にゆめを買いにいく夏のひぐれに憂歌団(ブルース)が降る
052:考(77〜101)
(本田鈴雨) 考へる葦なればわれ風に鳴りみづとりのゆめ夜夜に誘はむ
(史之春風)考える頭はピットに置いてきた ここにあるのは風、音、ひかり
(五十嵐きよみ)考えたところで答えが出ないなら日がな一日歌って過ごす
(虫)考える時間は過ぎて ただ空が広いってみんな見上げている 昼
(一夜)ひとつとて叶わぬ夢のあとさきを うすらぼんやり考える朝
(大辻隆弘) 『冠辞考』に心ふるはせたる夜の宣長のその若き頬を思ふ
053:キヨスク(80〜104)
(本田鈴雨) キヨスクをキヨスケと呼ぶ母の買ふ都こんぶのほのあまき粉
(史之春風) キヨスクの冷凍みかんを思いつつうだるピットで僅かまどろむ
(斉藤そよ) キヨスクの特等席のスズランがミニヒマワリにかわる七月
(五十嵐きよみ)キヨスクで買ったエビアンぬくみゆく車窓のそばにうたた寝ばかり
(青野ことり) ひんやりとしたこの風を届けたく50円切手キヨスクで買う
(美木)キヨスクのない駅のある街でした 君と最後にいた街でした
056:悩(76〜100)
(本田鈴雨) 悩まずにまゐりませうか私はただわたくしの容れものとして 
(虫)悩んでも仕方ないけど夕闇に白く浮かんでいるカラスウリ
ひぐらしひなつ)触れてくる指がかすかに悩むのがわかる 真夏の葉陰ゆらいで
(一夜)悩み抱き うるさき蝉の声聴けば 入道雲と青き空在り
(大辻隆弘) 懊悩の明けがたき夜はすぎしかど夏芙蓉さく道に嘆きき
063:スリッパ(52〜76)
ruru)水玉のスリッパ雨に濡れている 蒼くてうすい夏の匂いも
(秋ひもの) 西日差す廊下 来賓スリッパで思い出とやら踏み潰しゆく
(岩井聡)去るほどに響くスリッパ暮れ方の妻は風さえ溜める火口湖
(沼尻つた子) あたたかな便座を愛しなまぬるいスリッパを憎むあなたと暮らす
(水都 歩) 病院の廊下に響くスリッパの音に目覚めて寝返りを打つ
(間遠 浪) ぱんだスリッパの女に予定などなくて誰に奪われても夏休み
064:可憐(51〜75)
(村本希理子) 足指の爪の可憐はそのままに末の妹もはや四十二歳(しじふに)
(ほたる) 俯けば可憐に見える横顔の角度は甘く見え透いた罠