題詠100首選歌集(その49)

 季節はずれの低温が続いたが、今日あたりやっと少し夏に戻ったようで、久々に(?)書斎のエアコンを点けたところだ。そうは言っても、かなり涼しいことには相違ない。


            選歌集・その49


007:壁(265〜290)
(あいっち)椅子のないピアノがひとつ壁際にありぬ太古の小舟のように
015:アジア(217〜241)
(内田かおり) 汝が肩に掛かる生成りの布揺れてアジアの白は心を溶かす
(伴風花)山羊を追い九九を覚えるその上でアジアの空は黄色く煙る
(あいっち)かなしみもわたしの時間も小さかり青きアジアの風を思えば
(お気楽堂) 砂漠なるアジアの果てより月の句が届けり同じ月を見てをり
032:ルージュ(153〜177)
(川鉄ネオン) 嘘をつくとき専用のルージュですより鮮やかにより美しく
(翔子)もくもくと君に似た雲わき立ちてルージュ塗ろうかあるだけ全部
(桑原憂太郎)2学期に名字の変わる女生徒のひいたルージュは鮮やかな赤
(水音) 少女から脱皮した日の朝焼けに初めて引いたルージュが光る
036:船(128〜153)
(emi) 帆船はカティサークと教えられスコッチを飲む君を愛した
(桑原憂太郎) 寝不足と主事訪問で船酔ひのやうな気分の研究授業
(たかし)夏の朝無言のままに向き合ってパンをかじれば船が出ていく
(わたつみいさな。) 私から出てゆく船を見送って花火の端で火傷する夏
(近藤かすみ) 手すさびにふたりで折りしだまし船あかりを消せば闇に沈みぬ
(内田かおり)  闇の夜に烏賊釣り船の灯の分かつ空と海とはひた黒くあり
037:V(135〜162)
(暮夜 宴) とびきりのbon voyageを投げつける君はおどけた敬礼をして
(桑原憂太郎) Viの発音なまめかし独身の女教師の紅き口唇
(内田かおり)笑顔もてVサインする君の目の静かな影に歳月のあり
(美久月 陽) 核心を避けるあなたの癖に似てVのラインをなぞるその指
038:有(129〜155)
(暮夜 宴)ビタミンが足りないせいと決め込んで有機野菜で充たす食卓
(わたつみいさな。) 幸せでいいですねぇってですねって首に巻かれた有刺鉄線
(内田かおり) 掌に包みし花の一筆は有田焼の朱 朝焼けを見つ
佐藤紀子)「西方に浄土が有る」と若き日の母は夕陽を我に見せたり
039:王子(129〜154)
(紫月雲) 今日もまた「○○王子」と呼ぼうかと はしゃげるうちに吾子に歯生えそむ
(桑原憂太郎) 遠足が延期になって騒ぎ出す2組のA男はへなちよこ王子
(わたつみいさな。) オオカミも魔女も王子も出てこないおとぎ話にあたしがひとり
(ゆふ) 王子にも王女にもなれぬ二人ならせめて月夜は影踏みしよう
(内田かおり) 幼きはたぶん王子様であった君の言葉の端の自我の穂
(emi) かつては王子だったかも知れぬ人キヨスクの前終電を待つ
040:粘(126〜150)
(桑原憂太郎)ことのほかすんなり指導を入れたのでやや粘り気も含ませてみる
(井関広志)蜘蛛の糸の粘りもきらめく月光の下を誤植のように歩めり
(ゆふ) 紙粘土で作りし花瓶にタンポポをさしてきのふのつづきを話す
(近藤かすみ)粘りつくやうな言葉を探しゐる夜明けオクラの花ひらき初む
(emi) ももいろの粘土ほしがる少女には絵本のキリンは鳴くかも知れぬ
佐藤紀子)四歳と六十歳が笑ひあふ小麦粉粘土を共に捏ねつつ
071:メール(53〜80)
(kei) あなたから届くメールは海の色ブルーハワイが飲みたい午後に
(寺田ゆたか)直ぐそばにゐる気配して見回しぬメール画面は笑みの顔文字
(ほたる)ややこしい手順も踏まぬ「ひとこと」をメールで飛ばす無防備な指
(暮夜 宴)鮮やかな花火を添付して届くメールは海と火薬の匂い
(水都 歩) 産まれたと写メール届く初孫の産声聞こえるやうな泣き顔
073:寄(51〜75)
(村本希理子) 寄せ豆腐ふたたび崩しゆく今日のわたしは少し我慢が足りない
(岩井聡) 着々と年寄る妻と元妻が茹で海老を剥くその連れ笑い
(寺田ゆたか)わが内にわれとふ蟲が寄生して真夜に意識を齧り苛む