題詠100首選歌集(その53)

 今日は重陽節句。気温は少し下がり、晴れた空の下木々の影は濃く、秋を感じる日差しだ。もっとも、重陽節句は、いまとなっては何となく存在感の薄い節句になってしまったが・・・。


          選歌集・その53

009:会話(252〜276)
(小野伊都子) フランス語会話の基本なぞるようにぎこちなく進む日直の朝
(あいっち)二杯目のマンゴージュースを飲みながら父母の会話に加わってみる
(K.Aiko) 白い花 咲いてはこぼれ落ちる道 会話はぽつりぽつりと続く
(春畑 茜) それからはまぼろしの父と会話せりをりふしに沈香の匂へば
内田誠) どうしても思い出せないことばかり会話していた人といる夏
(夏椿)感情のままに五文字を送りつけ真夜のこゑなき会話打ち切る
011:除(240〜264)
(翠)三日間なんども聴いたお別れを 削除しました 留守電は無し
(K.Aiko)除夜の鐘 ぬぐえぬ業を孕む胎 女、もひとつ齢(とし)をとります
(寒竹茄子夫) 除雪車の響きに覚めし深更の六腑に咲(ひら)く銀の風花
019:豆腐(209〜233)
(やや) 消えかけの線香花火 とおくから鐘鳴らしつつ豆腐屋が来る
今泉洋子)豆腐屋が鐘ならし行く三丁目昭和がぐつと近づゐてくる
(井関広志) 豆腐切る鼻歌まじりの母の手の横の梅酒は少し残れり
(里坂季夜)みえすいた甘いことばを注がれてしずまりかえる杏仁豆腐
(吹原あやめ)関係をくずさぬような距離感で麻婆豆腐つくる週末
(瑞紀)本当のことは誰にも言わぬもの 夕餉におぼろ豆腐を掬う
(寒竹茄子夫)豆腐屋の喇叭に豆腐を買ひゐたり冬の街場は影の音(ね)響く
025:あられ(181〜205)
佐藤紀子) 日本の春の光を想ひつつ色やはらかな雛あられ盛る
(里坂季夜) 梅雨明けを待つ日々部屋の異分子をひとつずつ消すまず雛あられ
055:乾燥(101〜125)
(大宮アオイ) 乾燥機回しつつ読む『潮騒』に雨の昼間は甘く過ぎ行く
(萱野芙蓉) かたくなに少女を演じてゐるやうな乾燥いちごが浮かぶシリアル
(近藤かすみ)ひと握りの乾燥ワカメが鍋のなか泳ぎ始めて夕暮れとなる
056:悩(101〜125)
(わたつみいさな。) 悩ましいうなじに添ったため息が夏の終わりを正しく告げる
(ゆふ )悩むためになやみし時を青春といふ貧しき日々は空の彼方に
(近藤かすみ) あれこれと悩むゆふぐれ爪先が隣りのゆびさき苛めて止まず
069:呼吸(81〜106)
(秋ひもの) 湿ってく木綿と肌の温度差を呼吸している小さな私
(帯一鐘信)  バーボンの呼吸がしみる腸(はらわた)が亡き祖父の目で星空をみる
(五十嵐きよみ)一呼吸おいて切り出す不用意に泣かないように目を見開いて
(石の狼)胎に浮く吾子に酸素を与えたし呼吸をやめずひといき黙(もだ)す
070:籍(79〜103)
(水都 歩)籍を抜くまでの苦悩を切々と語る貴女の冷めた珈琲
(青野ことり) 直線がひしめく役所の片隅に戸籍係の黒い腕抜き
(千歳)道を行く黒の行列に首かしげ 鬼籍の二文字を知らなかった夏
(桑原憂太郎)児相より報告のありA君を学籍簿からあつさりと抜く
079:児(51〜75)
(萩 はるか)小児科に続く廊下をうつむいて歩く子のない女の無情
(原田 町)亡き父と同じ干支なる嬰児よ22世紀見るやもしれぬ
(寺田ゆたか) いつまでも未熟児といはれ年経りぬ こころの容器破れ果つれど
(石の狼)独り寝の幼き妹(いも)の涙声呑みし小児科病棟の壁
098・地下(26〜50)
(玻璃) 君の持つほんの少しの水分に僕が溺れた 地下鉄の朝
(村本希理子)地下街のドトールに来て目を瞑る過去世にであひし人がゐるはず
(ゆふ) 列柱をすりぬけ地下をゆく刻(とき)は誰も顔無し人間になる