題詠100首選歌集(その54)

 秋になった。秋が来れば秋の虫が鳴き、秋の花が咲く。当然のことではあるが、何となく不思議な気がしないでもない。


      選歌集・その54


003:理由(288〜312)
(久瑠木ぱる) 付き合えない理由を考え君を待つ放課後ひとり校庭の隅
(新藤伊織)から揚げにしぼる檸檬のすっぱさはさいごにきゅっとつけ足す理由
(佐山みはる)しくじりの理由は棄てられ様々なかたちの雲がただ空にある
(春畑 茜)理由などなくてよからむ秋麗のけふを矢作のみづのながるる
(夏椿)古書店に色褪せながら『愛される理由』が次の持ち主を待つ
018:集(208〜234)
(お気楽堂) 伝え聞く鬼にはあらず歳三の素顔なるかな豊玉発句集
(あいっち)なかぞらに集まっていた蝉の声きこえなくなりぽっかりと秋
(夏椿)遺歌集は現在形でつづられて行間にけふも秋の雨降る
033:すいか(158〜182)
(近藤かすみ) 滴りてひぢまで濡らす汁甘しこよひすいかは冷たき快楽(けらく)
佐藤紀子)日本の夏の記憶は幼な日のすいかとほたると線香花火
(久野はすみ)ひきだしに昭和とともにしまわれしあの栄光のすいかスプーン
046:設(120〜144)
(桑原憂太郎) もう誰も初期設定には戻せない二学期半ば崩壊の学級
(やすたけまり)藍色の器にねむる回遊魚 常設展の順路のよどみ
佐藤紀子) 設定のどこかが違ひフリーズすコンピューターも私の夢も
054:笛(104〜128)
(わたつみいさな。) 弱いのはあたしだけではないはずでハーメルンの笛の音を聴く
(幸くみこ)夕暮れにおしろい花の笛をふく おかっぱ頭の影をかさねて
057:パジャマ(103〜128)
(萱野芙蓉) なほ骨は麻のパジャマのうちにあり融けゆくさなぎの夢には遠し
(砺波湊) パジャマのボタンをひとつはずした深呼吸の必要がある夢をみたくて
(ジテンふみお)暗闇で外せますよう大きめのボタンのパジャマお揃いで買う
(ワンコ山田) お揃いが許されるのは君が持つ雨傘の裏わたしのパジャマ 
058:帽 (102〜126)
(砺波湊) その坂をゆっくり下っていくあいだ帽子を小さくちいさく畳む
(近藤かすみ) 麦藁の帽子にゆふすげねこじやらし飾りてあそぶ高原のあさ
073:寄(76〜100)
(暮夜 宴) 愛なのかわからないまま寄り添ってただ一瞬の花火を見てる
(帯一鐘信)足首に波が寄せれば青空は夜明けにも似たはじまりの色
(五十嵐きよみ)寄り添っていた長針が短針をしだいに離れてゆく真夜中に
(本田鈴雨) なにほども意味なきことのいとほしき 顔寄せあひてゐもり眠れる
(佐原みつる) 夕飯の支度のはじまるキッチンに音もなく寄せる夕暮れがある
(小椋庵月)田を走る二つの影が寄り合って一台になる自転車は秋
081: 嵐(51〜75)
(寺田ゆたか) やとばかり山嵐とふ大技をかけて目覚めぬ五輪見し夜半
(ほたる)遊びつかれた夜にはテレビの垂れ流す砂の嵐に抱かれて眠る
097:訴(27〜51)
(遥遥)物言えぬ声にならない訴えを知らぬ振りしてただ今日を行く
(村本希理子) 選択はさびし ひとを訴へる準備始めり薄い用紙に
(原田 町) 恐れ乍ら...訴え状のくずし字を読みあぐねおり秋の夜更けに
(ゆふ)哀訴するその瞳(め)に負けて拾ひ来し七つの尻尾に日々纏はれる