題詠100首選歌集(その59)

 昨日から急に気温が下がり、慌てて長袖のシャツを羽織ったところだ。11月上旬の気候とか。数日後には、また夏に逆戻りするのかも知れないが、秋が深まって来ていることはまぎれもない。


        選歌集・その59


036:船(154〜178)
(瑞紀) はつなつの水の匂いの清しきを十石船が疎水に運ぶ
(お気楽堂)東風受けて進める船団を見送る崖が赤く染まりぬ
039:王子(155〜182)
佐藤紀子)遺されし王子二人にダイアナの憂ひを含む面影を見る
040:粘(151〜175) 
(夏椿)急激に家族の粘度たかくなり街の重力ゆがむ八月
(下坂武人)今日もまたわたししかないお店では粘土細工をすべる夕やけ
049:礼(128〜153)
(内田かおり)めぐらせる思いは肩を重くして朝礼に立つ男の背広
(原 梓) 仰々しき礼状の便箋の片隅にヤグルマソウぽつんと描かれてあり
(村上きわみ) 統べられて(いるふりをして)紺色のくるぶし尖る秋の朝礼
(吉浦玲子) 長椅子に蜘蛛の子とわれ透明となりゆく朝の礼拝の間(あはひ)
050:確率(131〜157)
(やすたけまり)駅で転ぶ・傘を忘れる・まわり道したなら会える おなじ確率
(近藤かすみ) 五年後の生存確率知つたとてどうなるものでもない曇り空
(赤城尚之)とびきりの笑顔はじけた 確率のバロメーターがふりきれてゆく
(夏椿)生死にも確率はあり限りなき分子をのせて回るこの地球(ほし)
(原 梓) 事象Aの起こる確率 P(A)があらゆる空からきらきらと降る
(吉浦玲子) 確率論ポアソン分布のふもとまで来たれば座学の部屋のけだるさ
065:眩(105〜129)
(井関広志)北を指す磁針に霧は深まりぬ 真の自分てふ目眩ましあり
(近藤かすみ)逃げ水が眩しくひかる真昼間のコンクリートを撫づるビル風 
(内田かおり)高さより空の広さに眩みつつ五月に我の乗る観覧車
(夏椿) 蝸牛のあとを時間がついてゆくやうな眩しき雨後の手のひら
(幸くみこ) エレベーターホールで不意に君に会う 片手をあげた白が眩しい
066:ひとりごと(105〜130)
(こすぎ) 雷のひとりごと増え青空はさびしい人の上で佇む
ひぐらしひなつ) ひとりごとめいた恋など転がして満ち足りている雪の一日は
(夏椿)足元にかぐろき穴を持ちゐたる鞦韆が夜に吐くひとりごと
(大辻隆弘) ひとりごとのやうなサティを聞いてゐた東京の夜の窓をとざして
081:嵐(76〜100)
(五十嵐きよみ)嵐でもきそうな空気の生ぬるさ今日はひとりが心もとない
(佐原みつる)窓際のテーブルを拭く手を止めて嵐がやって来るのだと言う
089:減(51〜77)
(月子)君のこと考える時間が減っている 赤信号を見ながら思う
(ジテンふみお) よく話す幼なじみは引っ越して町から減った電話ボックス
090:メダル(51〜75)
(ジテンふみお)静かなる海へ漕ぎ出す船首には月の模様のメダルを描こう
(沼尻つた子) おのこらは齧りおみならは口づけるメダルに雌雄のあるが如くに