題詠100首選歌集(その62)

<ご存じない方のために、時折書いている注釈>

 五十嵐きよみさんという歌人の方が主催しておられるネット短歌の催し(100の題が示され、その順を追ってトラックバックで投稿して行くシステム)に私も参加して4年目になる。まず私の投稿を終えた後、例年「選歌集」をまとめ、終了後に「百人一首」を作っており、今年もその積りでまず選歌を手掛けている。至って勝手気まま、かつ刹那的な判断による私的な選歌であり、ご不満の方も多いかと思うが、何の権威もない遊びごころの産物ということで、お許し頂きたい。

 主催者のブログに25首以上貯まった題から選歌して、原則としてそれが10題貯まったら「選歌集」としてまとめることにしている。なお、題の次の数字は、主催者のブログに表示されたトラックバックの件数を利用しているが、誤投稿や二重投稿もあるので、実作品の数とは必ずしも一致していない。



        選歌集・その62



001:おはよう(311〜336)
(田中彼方)「おはよう」のたった四文字のメールさえ、とだえればふと、寂しきものを。
(坂口竜太)おはようの代わりにひとつゆで卵残して今日の扉を開く
(藤矢朝子)平日の朝はおはようございますのかわりにかざすIDカード
(八朔)おはようとおつかれさまにはさまれてまだつまらないことをしている
(天井桃) おはようが二つ三つと集まって輪唱になる集団登校
023:用紙(208〜232)
(お気楽堂) 恋に恋していたころの丸文字のとうに黄ばんだレポート用紙
(吹原あやめ) かなわない約束をするなつやすみ色画用紙に明日をえがく
045:楽譜(153〜177)
(minto)サーファーは波を捉えて乗りたるか楽譜のやうなボードの上に
(お気楽堂) 楽譜にはない音がするベルリラのロングヘアーの娘(こ)が透けてゆく
(吉浦玲子)秋近き雨に肩まで濡れながらいま楽譜もて過ぎぬサリエリ
(里坂季夜) 青刷りの湿った楽譜配られてパー練今日も10分遅れ
052:考(127〜151)
(内田かおり) まとまらぬ思考の綱を結びつつ雲の流れを辿る夕焼け
053:キヨスク(131〜156)
(赤城尚之)旅先の孤独をだますものだけが欲しいときだけキヨスクに行く
(夏椿) のどやかなローカル線のキヨスクに単行本といふ時を買ふ
(花夢)キヨスクの前であなたに似たひとを待ち続けるという罰ゲーム
(冬鳥)呼び止めたひとふりかえるキヨスクNewsweek のくち歪みたり
072:緑(103〜127)
ひぐらしひなつ)残されて緑の蔭にシリアルを嚼めば五月は深まるばかり
(大辻隆弘) 緑より朱(あけ)へとみのりゆく柿のおもてに錆のいろは浮き初む
(駒沢直)湖の底の緑の瞳して悲しい話を繰り返すひと 
(原 梓)秋空の麗らかなればわが裡に葉緑体を欲するこころ
073:寄(101〜127)
(萱野芙蓉)朝冷えの鳥寄せ台におく木の実ゆるしたくないひとをゆるして
ひぐらしひなつ)傾いてなにを羞しむ春浅き窓辺の椅子に季寄せ繰るとき
佐藤紀子)上げ潮の河口の水に浮かびつつカナダ雁たち岸に寄りくる
094:沈黙(51〜76)
(寺田ゆたか)観覧車まはれど人は還りこず思ひはとほし暝き沈黙
(ゆふ) おしゃべりな黄バラの横に紅薔薇は沈黙守る 花舗の夕暮
(ジテンふみお) 沈黙の夜に慣れれば聴こえ来る貨物列車の川渡る音
(流水)spaceキーたったひとつの沈黙が続く言葉を切なくさせる
(蓮野 唯)コーヒーの湯気と沈黙やわらかくはにかみあった二人をつつむ
(夏椿)一杯のみづにも重さあるものを沈黙のうちに墓の背を拭く
095:しっぽ(52〜77) 
(夏椿) 尾をしきり振りつつ低く唸りをりしつぽで笑ふと詠まれし犬が
(八朔)もしぼくにヤツのしっぽがあったなら盛んに振っていただろう朝
096:複(51〜75)
(ジテンふみお) こっち見るふりしながらも複眼の夕陽は落ちる場所探してる
(村木美月)複雑な顔したままで微笑んで飲み干す嘘に試されている
(夏椿) 複眼のひとつひとつにこの秋をやきつけて逝けとんぼもひとも