題詠100首選歌集(その64)

        選歌集・その64



012:ダイヤ(255〜279) 
(夏椿) ゆつくりと雨の離るる底辺にダイヤのひかり抱く瑠璃花
(水野加奈)このダイヤ死んだらあげるなど言ひてランチセットのパスタ待ちをり
016:%(242〜267)
今泉洋子)消費税五%になりてより職安前の渋滞つづく
(如月綾) 淋しくて誰かが隣に欲しくって50%オフの愛情を買う
017:頭(234〜258)
(Re:)突然に抱きしめられた水曜日頭の上は見慣れない空
(春畑 茜)饅頭のひかりは白く六つななつ漆器に夕を運ばれゆけり
(八朔)愛されることを怖いと思わない坊主頭が眩しい真夏
(みち。) 言葉など廃れればいい 泣きそうなひとの頭を乳房に埋める
022:低(213〜237)
(下坂武人) おきぬけの半音ひくいきみの声みぎの耳よりきこえるあした
(夏椿) いつの世も弱者は小さく群れてをり踝よりも低く咲く花
(佐山みはる) 天気図に西高東低著(しる)ければ柿の実色のスカーフを選(よ)る
054:笛(129〜154)
(内田かおり) 山車よりも早く届きし笛の音はしゃなりしゃなりと時間を拉ぐ
(夏椿)老いるとは遡ること おいびとの集へば笛に点呼取らるる
(泉)母の眼の今も背中にある如く口笛吹けず空晴れ渡る
(寒竹茄子夫) 霜月の虎落笛(もがりぶえ)鳴る北国に夢の氷塊切り出してをり
057:パジャマ(129〜155)
(内田かおり)花柄のパジャマ幾ばく明るさを加える如く鏡に笑う
(夏椿) うぶすなにわれは子となり母の小言聞きつつ母のパジャマに眠る
(花夢)昨晩の余韻をもとめ脱ぎ捨てたパジャマの皺をゆっくりなぞる
058:帽(127〜151) 
(夏椿) 水たまりの空割りながら帰る子の帽子そろつて太陽の色
(八朔) 制帽の視線の先に誰が居て誰が居ないか探る敬礼
(みゆ) 玄関に訪秋の風 今は亡き父愛用の帽子が告げる
(坂口竜太)帽子屋の向かいで売ってるクレープを頬張りながら雨を待ってる
(冬鳥)うつむいた黄色い帽子すこしだけ揺れるむくげの花群(はなむら)の下
077:横(103〜128)
伊藤なつと)どうしてもあなたの横に行きたくてグラスの隙をうかがっている
(萱野芙蓉)傷ついてしまふと知つて傷つけた横顔だから目をそらさない
ひぐらしひなつ)三月の浅きひかりを横切って喪章の群れが回廊を行く
(村上きわみ) どこかしら横柄に咲く芍薬の持ち重りするそのうつくしさ
(あおゆき) いつの間に横丁消えて横書きの世代が縦横無尽に歩く
(カー・イーブン)定型の詩の一行を横たえて霊安室に似ていくブログ
(内田かおり)気にされぬ程に横向き戦わぬ君は逸らした視線に挑む
078:合図(101〜126)
(夏椿) それは夏の終はりの合図 直線を描きし雨が点描になる
(本田鈴雨) 明滅の合図に満てるこの街でほたるのやうにあなたをさがす
(泉)鬱の日の合図(サイン)のやうな留守電に残されてゐるやはらかき声
(駒沢直)花火でもピストルでもない君の目の好きの合図にうろたえている
088:錯(78〜102)
(桑原憂太郎)放課後に生徒呼び出しのんびりと時代錯誤の指導を入れる
(やすまる)あしあととゆめが交錯する空をわたってわたしへかえる明け方
(暮夜 宴) 錯角が等しいゆえに縮まらぬふたりの距離を思い知る夜