題詠100首選歌集(その66)

          選歌集・その66


025:あられ(206〜230) 
(夏椿) ひなあられ食みつつ母と一年の闇を包みし薄紙ほどく
(つばめ)菓子鉢の海苔巻きあられをつまみつつ今いくつかの決心をする
(宵月冴音) ゆき・あられ・ひょうの違いは悲しみの含有量だという説がある
048:凧(153〜177)
(下坂武人)凧揚げの好きな少年消え去りて後の荒野に花は咲かない
佐藤紀子) 昨日子らと遊びし凧が電線にかかりたるまま雨に打たれる
(つばめ) 雨やまず手作り凧はおさな児の腕に抱かれていた冬休み
(冬鳥) 冬空へ紐帯として凧を放つ少年の額(ぬか)をよぎる鳥かげ
(桶田 沙美)青空に君が見えないこんな日は凧でもあげて確かめてみる
(藤野唯) 凧がひとつふたつ揚がっている土手で考え事がしたい日曜
060:郎(131〜156)
佐藤紀子)「いたしやうがござる」と膝をポンと打つ太郎冠者には不可能がない
(泉) 桃太郎より赤鬼が好きといふ淋しがりやの君を見つけし
(冬鳥)ゆれるものゆれないものを木の陰に見ており いつかの朔太郎詩抄
(久野はすみ)新郎のタキシードの背に脊椎のかたちかすかに浮かぶ春宵
062:浅(129〜153)
(幸くみこ) 遠浅のかなたの父の表情を確かめたくても 鈍い太陽
(冬鳥)やわらかに包み込むべき空間へ浅く立ち上がれる井戸茶碗
081:嵐(101〜125)
(橘 みちよ)霧雨にヒースの花の濡れる日は「嵐が丘」を手に取りてみる 
(大辻隆弘) 嵐してここを去りゆく雨ならばけふ折り返す秋と告げてよ
(八朔) 翆嵐を映す水面に散る花の紅の一片ただ見つめつつ
(村上きわみ)みずからを吐き出すような気嵐(けあらし)をかさねて冬の深みにいたる
(泉)松影のとうに潰(つひ)えし粟津浜晴嵐てふか比良の風来て
091:渇(77〜102)
(大辻隆弘)餓ゑ渇きさらぼふものを足に蹴り踵に踏みて去らむとするか
(桑原憂太郎)ため息が飽和してゐてがさがさと口の渇きぬ午後の教室
(萱野芙蓉)訪ふは風、おにとよばれて鬼になる安達ヶ原の姥の渇きよ
(五十嵐きよみ)ひとしきり騒いだ記憶をたぐりつつ朝の真水で渇きを癒す
092:生い立ち(77〜102)
(一夜)訊かないでいる大切さ知りながら 言葉の端で探る生い立ち
(沼尻つた子) QRコードをたどって合い挽きの牛と豚との生い立ちを知る
(しおり) 呑む度にしみじみ話す生い立ちを 聞きつつ酒に付き合う夜更け
(斉藤そよ) ふれるべきことにはふれず風になり遠い生い立ち掬いあう午後
093:周(77〜104)
(水都 歩)公園の池の周りを歩きつつ別れの言葉反芻している
(沼尻つた子)周平と周五郎とをはべらせて雨の夜更けは江戸にてあそぶ
(暮夜 宴) 「ありがとう」ただひとことを告げるため空を一周する観覧車
(橘 みちよ)湖を一周してこしランナーら巻き戻しのごとふたたび過ぎぬ
(萱野芙蓉) 春の夜の夢の浮橋わたりゆく周防内侍のましろき裳裾
(湯山昌樹) 周りの目気にし目立たずいることで自分を守る生徒もいたり...
094:沈黙(77〜102)
(大辻隆弘)ひややかにひねもす雨の降る庭に沈黙のひとは帽子をかむる
(橘 みちよ)喧噪のひとひを終へてひいやりと沈黙を吐く夜の校庭 
(やすまる) 沈黙のうねりに揺れてたいらかなからだになって夜をいとおしむ
(美木)沈黙が言い訳よりも雄弁で赦す言葉も出ないドライブ
095:しっぽ(78〜103)
(暮夜 宴) どこまでがしっぽでどこが頭でも気にもされずに死にゆく蚯蚓
(橘 みちよ)出窓より外を眺める猫ときにひとりごと言ふしつぽ揺らして
(はらっぱちひろ) 優しさで計算された去り際の余韻のしっぽ踏んづけてやる
(青野ことり) しっぽにもどこか似ているねこじゃらし 澄んだ空気と戯れ遊ぶ
(五十嵐きよみ) しっぽまで餡がつまったたいやきを口実にしたあなたの電話