題詠100首選歌集(その67)

        選歌集・その67


033:すいか(183〜207) 
(夏椿)まどかなる光のなかに受胎せしすいかの蘂の黄の膨らめり
(坂口竜太)一対の薩摩切子に朱に濡れたすいかのお酒淡くゆらめく
(お気楽堂) 蚊遣り炊くついでに少し身のついたすいかの皮を虫かごにやる
(みち。) 初夏のすいかの種のようにこの少しおおきな嘘を飲みこむ
034:岡(182〜207)
(冬鳥)軌道から少し逸れてる飛行船 見上げつつ行く岡までの道
(みち。)静岡は近くて遠い 殺すには何か足りない記憶のように
035:過去(183〜207)
(下坂武人) 過去だからふれるすべてがうつくしい池をすべってゆくあかあきつ
(冬鳥) あたたかい肢体を過去に投げ出せば放物線の先の初恋
(佐山みはる) 過去(すぎゆき)はあめいろにして羞(やさ)しかりうつつに会えざるひとの増えゆく
(寒竹茄子夫)鯖の腹割けば内部(うち)より過去の舟のなまぐさき帆に放てる炎
(夏端月) 置いて来ただけの過去から放たれるひかりまぶしく我をつらぬく
(太田ハマル) この時が過去世となっている時があるのを思う茶碗が欠ける...
(みち。)どこからが過去なんだろう吸いこんだ息さえうまく吐けない四月
(如月綾) ふたりには違う時間が流れてて 好きだを君は過去形で言う
049:礼(154〜178)
(惠無)礼節や礼儀だなんてどこぞにか追いやり時代のせいと嘯く
(冬鳥) 夕暮れに木々の影うち傾きて巡礼のごとく連なれる道
(佐山みはる)天降(あも)りくるひかり薔薇窓の色をして礼拝堂の床に遊べり
050:確率(158〜182)
(みゆ) 確率はイエスかノーか五分五分で指輪の箱がことこと揺れる
(寒竹茄子夫)小春日和のをはりの降水確率の茫たる秋の金箔を惜しむ
(emi) 降水の確率を聞くそれだけでつながっている家族わたくし
(瑞紀) スクラッチカードを削るテラス席確率論はもう聞きたくない
061:@(131〜155)
佐藤紀子)夕空の虹の向かうの@Heaven母はどうしているのだらうか
(宇津つよし)やぶったりちぎったりして午前二時 @(アットマーク)のつかない手紙
(遠藤しなもん)柔らかくつながりたいと願うから@マークはおへそのかたち
(みゆ) 「元気です」一言だけのメールには@マークのほっぺの絵文字
(冬鳥)コポコポと@のかたちして水は暗渠のみずとなりゆく
063:スリッパ(129〜153)
(つばめ) 小児科の小部屋の窓のカーテンの揺れる影踏み遊ぶスリッパ
(冬鳥)ドアノブにそれぞれの夜映しては 孤独にすこし乱れるスリッパ
(我妻俊樹) はだかでもスリッパ履いてゆくトイレ 窓のむこうの壁はあかるい
064:可憐(127〜151)
(ezmi)許されているものだけがそこにいて君がその身にまとう可憐さ
(原 梓) 純情可憐という語がかつて揺れていたりんどうのごとく風に戯れつつ
佐藤紀子)七十歳(ななじふ)を過ぎてもどこか可憐なりふつとはにかみ目をそらす友
(さくら♪)誕生日迎えるたびに可憐さをひとつふたつと積み重ねおり
083:名古屋(102〜127)
(大辻隆弘)ぎんなんの香る名古屋におり立ちぬ今朝ディケンズの文庫を抱いて
佐藤紀子)味噌汁は赤味噌仕立てと決めをりき名古屋育ちの父の場合は
(村上きわみ)母と子と繰り言ゆるくかさねあう午後をおさめて解く名古屋帯
(泉) 名古屋駅ホームに列車見送りぬ秋色深く信濃訪ひたし
(原 梓) 名古屋弁三河弁交ざりあう場所で他人(ひと)のいさかいただ聞いて居つ
096:複(76〜100)
(沼尻つた子)「地球より俺にやさしく」とうひとと復層ガラスを隔てて立てり
(勺 禰子) 複写用カーボンをまだ使ってる職場に絶滅危惧種の多し