題詠100首選歌集(その69)

 締切り前の最後の週末も終わった。思ったほどは在庫が増えなかったが、これからがラッシュなのだろう。私もそろそろラストスパートを掛けることになるのだと思う。皆様のご完走をお待ちしています。


      
          選歌集・その69


026:基(208〜232)
(みち。) さみしさの基準値ゆるくもつひとをうらやんだままこえる真夜中
(春畑 茜) 子の基地をことごとく潰しゆくやうにレゴブロックの色を破壊す
027:消毒(214〜239)
(佐山みはる)時雨ふるまひるさびしい路地裏に消毒液のしるく匂える
(つばめ)哺乳瓶消毒液にひたされて波紋ひとつも拒む静寂
(春畑 茜)両の手を消毒液に浸したり怒りはいまだ昼を燃ゆれど
036:船(179〜203)
(ろくもじ)お風呂場で船とアヒルを浮かばせて今日の支出の勘定をする
(八朔) あちらからこちらへ還す空船の重さを語る片道切符
(春畑 茜) 船場てふひびきなつかしちちのみの父のこゑはや聞き得ぬいまは
(吹原あやめ) さみしいとどうしていえるゆきさきはまださだまらぬ夜の船底
051:熊(153〜177)
(寒竹茄子夫) 母照らせし熊座のあはき星かげの微塵のそらをただよへる笛
(田中彼方)嬰児のいうプーチンの響き良く、我もそう呼ぶ熊のプーさん。
(瑞紀)響きたる手締めの音のあいだより熊手担ぎし男が出でぬ
065:眩(130〜154)
佐藤紀子) 母なれどつい目を逸らす 末の子の花嫁姿少し眩しく
(さくら♪)どこよりも杜の都の木漏れ日の眩しさが好き 家に帰ろう
(冬鳥) 触るるほど冷えまさる水 足裏にひろがる水脈(みを)を眩しみてをり
067:葱(130〜155)
佐藤紀子) 日本に売れなくなりし中国の葱がカナダの店にならべり
(村上きわみ) うちがわに保たれているあかるさを羨(とも)しみながら刻む白葱   
(みゆ) 泣いている理由(わけ)を誰かに問われてもかまわぬようにきざむ玉葱
(冬鳥) 少年が青年となるその日々のかすかなる甘さ しろい葱切る
068:踊(131〜156)
(泉)一年(ひととせ)に乙女さびたる子らのゐて短き夏の一夜を踊る
(陸王) 踊る心そのステップの面妖をさとられまいと饒舌になる
(冬鳥)たぎる湯に気泡は踊る 踏切のおと遠くから届く朝に
(我妻俊樹) はにしみるひそひそばなし 踊り場に窓からふっていた雲の影
(佐山みはる) 盆踊りの歌に合わせて両の手を母動かせり車椅子にて
069:呼吸 (132〜156)
(勺 禰子)呼吸するそのときそっと気がついたああこの人が好きだと思ふ
佐藤紀子)「ひと呼吸してから子供を叱れ」など昔言はれしことを子に言ふ
(内田かおり) 暗闇に深呼吸する真夜ありて揺らがぬものはさざめかぬもの
(幸くみこ) おくるみが呼吸のたびに膨らんでママも居眠る公園の椅子
(冬鳥) 「すみません」ばかり上手に言えたって仕方ない今日を深呼吸する
084:球(105〜129)
(近藤かすみ) 蕗の葉に朝露ひとつ乗りたれば刹那まつたき球なる宇宙
(陸王) 夕暮れの空き地に球を追う子らの駆け行く先にコスモスの群れ
(原 梓) 白球を受けたる腕の青き痣 黒く沈めば秋も深まる
(内田かおり)富士赤く静かに空を挑発す片岡球子というあざやかさ
089:減(104〜128)
(近藤かすみ)岸本屋が百円ショップになつてから出町の馴染みの店減りゆきぬ 
(kei)高らかに鳴り響くウエディング・ベル加減乗除の日々が始まる
(虫)白線を選んで歩く 住む人も次第に減ればまた花畑
(泉)磨き居る靴の踵の擦り減りに過ぎし一年つくづく思ふ