題詠100首選歌集(その70)

        選歌集・その70



029:杖(207〜232)
(佐山みはる)ガレージに置かれしままの父の杖白く乾ける泥も残りて
(つばめ) 頬杖で待ち人のあるふりをするファストフードの二階の孤独
(八朔)冴え冴えと煌めく瞳そらさずに白杖のきみ真っ直ぐ歩む
030:湯気(203〜227)
(佐山みはる)湯気あがる排気口よけ歩み去る黒のやせ犬ふり返りつつ
(はせがわゆづ) ぼんやりと湯気を挟んで向かい合う素直になれない初冬のココア
(春畑 茜) やはらかに湯気立ちのぼり夕刻のココアがけふの疲れに甘し
037:V(188〜212)
(八朔) 自分でも気の毒なほど似合わないVサインほら君も笑った
(夏端月) 長嶋教信者の夫がいつまでもV9など語る晩酌
(もよん) 白黒の 写真の中の Vサイン 我が子と似たる 幼き私
(みち。) しあわせをつくりだしたいいまはまだVサインしかできないけれど
052:考(152〜177)
(やや) やわらかな銀の光が思考する蜘蛛をくるんで秋空に浮く
(藤野唯) 何も考えずに走り続けてた自分を思い出す橋がある
(蓮池尚秋)わからないことは考えないと決めお好み焼をひっくり返す
053:キヨスク(157〜183)
(下坂武人)キヨスクのミルクで流し込んでいる。ジャムパンのジャムの甘いにおいを
(みち。)のぼるのかくだるのかしか選べない駅 キヨスクのさみしいあかり
(水野加奈) キヨスクの夜店のような灯に向かうひと避けながら快速を待つ
055:乾燥(151〜177) 
(お気楽堂)乾燥機ふさがっており所在なくパラパラめくる通販カタログ
(emi) 意味のない言葉を辿り苛立てば乾燥しゆく爪もひび割れ
070:籍(130〜157)
(内田かおり) 秋茜君が鬼籍に入りたれば朱きまほろば指して群れ飛ぶ
(冬鳥)異国(とつくに)の硬い背表紙おし包み書籍小包届く秋の日
(田中彼方)入籍をしても一人と放哉の句を真似ている。かなり真顔で。
087:天使(103〜128)
(ワンコ山田)手をつなぐ込み入った話しそこねる指のすきまを天使が通る
(勺 禰子)省エネの深夜自販機にひそと灯る光はたとえば天使のささやき
088:錯(103〜128)
(近藤かすみ) 食卓を囲む四脚の椅子ありて家族団欒錯覚ならず
(やすたけまり) メルカトル図法で淡くひろがったグリーンランドのような錯覚
(大宮アオイ)何もかも意味を持たない錯覚と決め付けている朝の横顔
090:メダル(101〜125)
(美木) 二時間もメダルゲームの前にいて核心触れぬ会話続ける
(泉)金メダルの小さな胸が並びをり閉会式の運動場に
(原 梓) 詩の中で月をメダルに喩えたる中也の真意を思う十月