題詠100首選歌集(その10)

 「2月は逃げる」と言うが、その2月はいつの間にやら終わって、もう3月。明日は雛祭り。久々の好天。近所にちょっと出かけたら、強く冷たい風が吹いていたが、日差しはさすがに強くなったようだ。(題の後の数字は、主催者のブログの「トラックバック」の数。誤投稿や二重投稿もあるので、作品数とは一致しない場合も多い。)



   選歌集・その10

005:調(137〜162)
(藤野唯)言い出せないことをぐるぐる考えて花の名前を調べる帰り
(橘 みちよ)調律を終へしピアノの鍵盤の黄ばめるを弾く二十年ぶりに
007:ランチ(107〜134)
(新井恭子) 平凡な暮らしは似合わないらしいランチタイムが過ぎてから寝る
(振戸りく)お手軽に得した気分になれるけどランチセットは注文しない
(こすぎ)三叉路で案山子隠した雪颪 ランチョンマットにしていた手紙
(emi)カフェごっこする休日真っ白なランチョンマットに取り換えてみる
(村本希理子)菜の花のパスタでしたよ本日の日替はりランチは 春はすぐそこ
010:街(81〜105)
(新井恭子)街並みは憂いを増してことごとく紫煙が似合う女になった
(暮夜 宴)きみの背をめじるしにして追いかけた南京街は飲茶の匂い
(七五三ひな)君と似た苗字の看板見つけては鼓動早まる見知らぬ街角
(キャサリン)街路樹が空の水色突き刺して傷つきやすい季節になりぬ
(村本希理子)草色のぺたんこ靴で春をゆく街路樹の名を確かめながら
(湯山昌樹)静かなる西からの風に運ばれて山間(やまあい)の街にも黄砂降りつむ
012:達(53〜77)
(原田 町)麓まで到達するも夢の夢キリマンジャロの写真に見入る
(秋月あまね) 標本にするあてのない蝶を獲る 達迷斯の河にオベリスクみゆ
(イマイ)平日の止まった空気が動き出すきいろの声を出す園児達
014:煮(52〜76)
(都季)嫌なことあったのだろうぐつぐつと君はひたすらカレーを煮込む
(水口涼子)煮崩れた野菜のように草臥れて朝の通勤電車を降りる
(わたつみいさな)愛ということばのあとで煮詰まったホワイトシチュウを食べさせている
(日向弥佳)里芋の煮っころがしをほおばってパラサイトでもいいやと思う夜(よ)
(ジテンふみお) 笑いながらあなたの切ったにんじんが煮くずれるまで僕らしくいる
(英田柚有子)煮込まれて濁った鍋の中にいる辛うじてまだわたしのままで
015:型(51〜76)
(ふみまろ)冬型の気圧配置はもういやだ一抜け二抜け三寒四温
(祢莉) 星空の下でひっそりうちあけた君の秘密を星型に抜く
(原田 町) 型録の香典返し頂けばあれこれ迷う俗世のわれは
019:ノート(26〜50)
ひぐらしひなつ)制服の頃にそうしていたように罫の細めのノートを選ぶ
(木村比呂) 開いても砂嵐しか映さない実験ノートを静かに倒す
(八朔)言の葉に笑みを包んで仕舞い擱くノートの角を舐めてはならぬ 
(新井蜜)校門の前でひろったB4の赤いノートの読めない絵文字
020:貧(26〜50)
ひぐらしひなつ)朝の風にそよぐのだろう貧弱な胸を包んだ白きレースも
(minto)貧富ある設定ゆゑに燃え上がるドラマの中の抱擁シーン
(風天のぼ) 家を出て貧しい暮らしを子は選ぶ雛人形は押入れの中
035:ロンドン(1〜25)
(みずき)ロンドンの涙も冬も過ぎし日の哀愁 テムズの霧と消えたる
松木秀)電話鳴るたびに陽気に鳴りひびきロンドン橋は何度も落ちる
(穴井苑子)何もかも知ったかぶりでロンドンのネコバスだって想像できる
036:意図(1〜25)
(船坂圭之介)死こそ吾へのつひの誘ひ(いざなひ)冬の夜は妖しきまでの意図を持ち居り
(みずき)その意図に触れしワインの色優し 春の予感にときめきく今宵
(小早川忠義)意図は何意図は何とぞ言ひ継ぎて部下を事務所の隅へ追ひ遣る
(穴井苑子) 意図しないほうへボールはころがって可愛く怒ってみるのは自由