題詠100首選歌集(その11)

 3月に入って寒い日が続く。雪の予報を随分聞かされたけれど、雪らしいものはほとんど降らなかった。

     
      選歌集・その11


003:助(162〜187)
(只野ハル)それだけじゃ助けになんてならないと言ったあの日を詫びようがない
(みずたまり)谺さえしない言葉が結露する 助けてなんて二度と言わない
(村本希理子)三家族つどふ実家の補助椅子のいつまで 二本目のワイン空く
004:ひだまり(153〜177)
(emi) ひだまりで笑う少女のスカートが揺れて春の日さよならと言う
(こすぎ)君がいた布団の中にひだまりが隠れて 虎落笛 遠ざかる
(やましろひでゆき)ひだまりに足をとられて不覚にも太陽まみれの我が身をさらす
(みずたまり) 溶けきらないココアを君と飲みながらひだまりを背中だけで感じる
(吉里)ひだまりのぬくさをそっと手ですくい頬で感じる春の日まぢか
(はしぼそがらす) ひだまりに1台2台車椅子寡黙をのせて集まってくる
008:飾(103〜127)
(磯野カヅオ)仲春の窓辺に飾る似顔絵はこの先ずつとコート着るらし
(ゆら) 艶やかにフェルメールの描いた耳飾り あんなに白い私をあげる
(emi)雛飾る幼き日には笑わない弟がいた 今日からは春
(はしぼそがらす) デイルーム小窓を飾る折り紙の造花にうっすり埃が積もる
011:嫉妬(76〜101)
(ほたる)黒々と眉間にとどまるはずなのに嫉妬の文字がうまく書けない
(暮夜 宴)パレットのうえの混沌 嫉妬ってこんな色だと思う5時限
(emi)少年はまだ眠い朝かろうじて嫉妬心だけ抱えて歩く
(はしぼそがらす) 退院!の華やぐ声にこみ上げる嫉妬と共に丸薬を飲む
(吉里)雛の日にもうすぐ春と浮かれれば 冬の嫉妬に降りしきる雪
016:Uターン(54〜78)
(風天のぼ)Uターンをふたたびすれば元の道こころのゆれを忘れて進む
(五十嵐きよみ)南仏の生まれだったらパリを捨てUターンしても構わないけど
(磯野カヅオ)たはむれにショッピングカート弄ふ子のげになめらかにUターンせり
(庭鳥) 行列のアリたちを見てUターンラッシュを思うもうすぐ皐月
(はしぼそがらす) バー伝い繰り返されるUターン リハビリ室に陽は傾いて
021:くちばし(26〜50)
(行方祐美)うた謡うくちばしのなき曇天に容易く溶けるはがきを書こう
(マトイテイ) くちばしが黄色い癖にと言われてた あの頃辺りに帰れたらいい
022:職(27〜51)
(梅田啓子)職退きてはや整髪料のにほひなし夫の髪の散(ばら)けて来たる
(久哲)夏蜜柑 転がってゆくワックスがまだ乾かない職員通路
037:藤(1〜25)
(蓮野 唯) 藤の花薄紫の意図を秘め五月の風にはにかみ揺れる
(みつき)葛藤を抱える君の背にもたれ 今日も見つける 明けの明星
(梅田啓子)からみ合ひ藤棚のつる空に伸ぶ だあれもゐない冬の公園
ウクレレ)藤棚は光と影を眠らせて5月の風と戯れている
039:広(1〜25)
(アンタレス)放たれし犬の如くに走りたし広き野原を病みて夢でも
(船坂圭之介) 思ひみればわが存在の果敢なさに気付き居り 夜は広く更けゆく
(みずき) 広さより温みの欲しきこの部屋の隅に風吹くけふも明日も
(じゅじゅ。) きみの名を広辞苑にてそっと引く マーカーの色 ほんのりピンク
(佐東ゆゆ)終電に急ぐ人影 ショーウィンドーに冬の夜空が広がっていく
(梅田啓子) 広東麺のとろみに灼けつく思ひなりもう会はないと決めた日の夜は
040:すみれ(1〜26)
(夏実麦太朗)軒先の使い込まれたプランターにすきま無く咲く三色すみれ
(佐東ゆゆ) 冬すみれ蕾の青さに土曜日の朝の雫よさんさんと降れ