題詠100首選歌集(その16)

 春が来た。庭の梅の花はほとんど散り、杏は五分咲きに近い。そろそろ彼岸の墓参にも行かなければなるまい。


              選歌集・その16

021:くちばし(51〜75)
(風天のぼ)肉を食うからすの太きくちばしに反射している冬の朝の日
(都季) くちばしで啄まれてく夢を見た 嘘は静かに綻び始める
(原田 町) くちばしが黄色いなどと月並みの歌いぶりにてお茶を濁しぬ
022:職(51〜75)
(風天のぼ)職退けばこころの真中に進みたし弥生に入りて草の芽さやか
(髭彦)彼のアラン六十五歳で教職を辞せると知りぬわれと同じく
(鹿男)コーヒーはやっぱ君のが一番!と何十年もいってる職場
(都季)放課後の職員室はコーヒーの香りで少し素直になれた
(五十嵐きよみ)とりあえず職業欄に特大のひまわりの絵を描き入れておく
(音波) 職業を告げあう冬の喫茶店 ここから二人を始めるふたり
032:世界(26〜50)
(ジテンふみお) 世界戦リングに上がるボクサーの顔で仏と対峙する母
(minto)日常の雑事忘れて世界へと広げて見たき胸の地図帳
(髭彦) 捨てがたき『世界』の始末を社会科の職場に託し定年迎ふ
(風天のぼ) 父の住むとおい世界の空のいろさくらの花をみあげているか
049:ソムリエ(1〜25)
jonny)姿勢良く言葉正しきソムリエの七三分けに光るポマード
(みずき) ソムリエの微笑に弾むフルコース萎れぬ薔薇の時間過ぎゆく
(船坂圭之介) ほのとほき杏仁の香やソムリエの指ほそぼそと揺るるカフエに
うたまろ)唇で無邪気に言葉を躍らせて ぼくを酔わせる 君はソムリエ
(ぽたぽん) もの知った顔でワインを吟味するソムリエの言葉繰り返しながら
(梅田啓子)ソムリエに会ふことのなきわが半生 赤玉スイートワインを空ける
(森山あかり)ソムリエはわたしの辞書にない単語下戸には下戸の配役がいる
050:災(1〜25)
jonny)ヘルメットかぶった顔を笑いあい私語の絶えない災害訓練
(みずき)震災の闇に埋もるあの朝を舞ひてし蝶が群れて華やぐ
(夏実麦太朗)災害に備えるために凶の出る確率高い神社に詣ず
051: 言い訳(1〜25)
(船坂圭之介) 寄るを拒む白きうなじよ痩身のわが屈まりて風に 言ひ訳
佐藤紀子)言ひ訳はおよしなさいよ いつだってその気になれば帰れたはずよ(浦島太郎物語)
(柴田匡志)言い訳をすればするほど泥沼に嵌まりゆきたる花は散りたり
(マトイテイ)言い訳をする唇が悲しいと君が重ねた唇の味
052:縄(1〜25)
jonny)縄跳びは苦手でしたと言いながらわたしもなどと言う人を待つ
(みずき)見えぬ縄ぐるり自縛の思ひして辛夷の朝をひとり欝なる
(小早川忠義)戦後ごと噛み締むるべし沖縄のステーキハウスにAサインあり
佐藤紀子) 浦島を縄飛び歌にして遊ぶ児らには遠き太郎の心(浦島太郎物語)
(星野ぐりこ) 縄跳びに入れないまま終わってくお昼休みは空白の時
053:妊娠(1〜25)
(アンタレス)妊娠を告げられ華やぐ若きらに混ざりて黙す検診われら
(みずき)妊娠を告げる女優の輝いて温き二月の雨降りしきる
(小早川忠義) 「妊娠」の項に付きたる開き癖我が家に残る医学辞典の
(夏実麦太朗)妊娠線を気にする妻に見る人は俺だけだよと言った過去あり
054:首(1〜25)
(みずき)首塚に雪の降るらし敦盛の笛ひようびようと哭きて吹雪くや
(みつき)首傾ぐ猫に合わせて首傾ぐ 散歩の足は遅々と進まず
(庭鳥)すんなりと白い首持つ女(ひと)の肌冷たかりしと思う夕暮れ
(ぽたぽん)知るつもりなかったけれど知っているスーツの型とか首まわりだとか
056:アドレス(1〜25)
(アンタレス)古きより書き足しおりぬアドレス帳今は年ごと線引く多し
(みずき)春の光(かげ)踏みて饒舌なりし日をアドレス帳の端に書きたす
うたまろ) 返らないメールのアドレスそらんじる 雨降りの窓を眺めるように
(八朔) 歌だからどんな別れもさまになる「あなたがくれた嘘のアドレス」