題詠100首選歌集(その25)

           選歌集・その25


005:調(214〜238)
(萱野芙蓉) 蝶の名を調べて過ごす図書室にくるしくそそぐ春の微粒子
(こおなまぬがな)ペディキュアをピンクにぬってきみと逢う春の歩調に合わせるために
(田丸まひる) わたしより愛しいものがあるひとの鼓動の調べ おかえりなさい
(ゆき) 胸冷ゆるほどに沁みをり明け方の夢の胡弓の哀しき調べ
(斗南まこと)青空に悩みのひとつもぶん投げて調子っぱずれのハナウタ歌う
(田中ましろ) 高音が調律できてないピアノみたいにあえぐ君を弾いてる
025:氷(76〜100)
野州) 親子丼食ひつつ呑めば「かき氷はじめました」の貼り紙古ぶ
(花夢)真夜中に氷を舐めて呼び覚ますわたしのなかの青いペンギン
(青野ことり) もえすぎた胸の炎を冷ますには氷あずきのやさしい甘さ
(迦里迦)寡黙なる冷蔵庫もときに耐へぬらしぐわらり吐息の氷を落とす
033:冠(53〜77)
(天野ねい)王冠の刺繍のバッグがお気に入り 一緒に揺らすスカートの裾
(中村成志)キスチョコをつまんだ指で宝冠のごときシニョンをゆるゆる崩す
(迦里迦) 過去世(かこぜ)には吾(あ)におのこあり 陰ながら初冠(うひかうぶり)の緒切る音聞く
(西野明日香)冠水の道をゆく覚悟持てぬまま迎えた春の桜眩しき
034:序(51〜75)
(暮夜 宴)秩序からはみ出たゆびでかき回すあたしのなかのあたしはみだら
(木村比呂)花序ちらすちいさなつめがいとおしい 春眠の降る市民公園
(萱野芙蓉) をとめらは序曲のなかに閉ざされて始まらぬ夏みづみづと待つ
(中村成志)三月の海辺の朝の暖かき缶コーヒーのごとき序詞(じょことば)
(西野明日香)やんわりと黒髪なでる風に逢い夏の序曲はふいに始まる
(かりやす) 序破急の序で書きやめし物語いくつもありて夢にあらはる
046:常識(26〜50)
ウクレレ) 常識の檻にぼくらは入れられてあくびがでるほど幸福(しあわせ)だった
(新井蜜) 校庭の日照りの夏の蛇口から常識だけがこぼれ落ちくる
野州)やはらかい白ねぎのやうなうなじ見せたしなめられてゐる非常識
074:肩(1〜26)
jonny)月光があなたの肩を抱く夜はやむなく僕は星と語ろう
(みずき)肩かけに櫻(はな)ひとひらの筆みだれ何故に棺に君あふむける
(夏実麦太朗)まっすぐに肩のラインを整えて記念写真にまるく納まる
(みつき)とどめおくことかなわざる春の雪 見送る君の肩に舞い落つ
(七五三ひな) 幼き日父にねだりし肩ぐるまコロンの匂い今も恋しき
076:住(1〜25)
(アンタレス) 此の土地に四十数年住みおりて吾がみる夢は嫁す前の家
(佐藤紀子)わがうちの浦島太郎が目を覚ます カナダに住みて三十二年(浦島太郎物語)
(梅田啓子)ひとり住みふたりになりてふたり増えいまはしづかにふたりに暮らす
(七五三ひな)真夜中の貨物列車よ吾の身ごと運んでみせよ君住む街へ
077 屑(1〜26)
(船坂圭之介)昂ぐもり空の無尽に投げ衝てぬわが千載の屑のごと 夢
(穴井苑子) 宵の月だけは屑にも優しいと勝手に思っている帰り道
079:恥(1〜25)
jonny)ちぐはぐな会話を無理に重ねつつ恥骨わずかにずれてゆく夜
(みずき)恥かきし夜はゆつくり脳葉の右でさよなら呟いてみる
(梅田啓子)恥骨とふやさしき骨をもつ少女 立ち漕ぎをして坂道をゆく
080:午後(1〜25)
jonny)人生の午後から始める物語 夕暮れ時は筋書きがない
(船坂圭之介)ほつれ髪雨に打たせつ冬の午後街に佇つ人 あの人に似し
(八朔)まだ少し心残りがある朝を消化できない午後三時半 
(梅田啓子) 冬の陽に微熱の残る身をさらす神を信じてみたくなる午後
(みつき) もう何も失わぬように生きたくもまたこぼれ落つ午後の電話に
(迦里迦)かぶきたる午後は過ぎにき変性(へんじゃう)の生の身ひとつ水へ降りゆく
(七五三ひな)  一人ではシチューも心も持て余す君との約束無くなりし午後
(マトイテイ)日曜日気怠い午後の紅茶にはジャスミン浮かべてうたた寝をする