花束と蜻蛉(高校生の頃書いた小説らしきもの)
資料の整理をしていたら、高校生の頃の生徒会雑誌が出て来た。その中に、小説らしいものを載せている。いささか気恥ずかしい気がしないでもないが、老人の回顧談として載せてみようかという気になった。コメントしたいことも多少あるが、それは文末に譲ることにしたい。
花束と蜻蛉 二年 西中真二郎
窓の下から大声で名を呼ばれた時、亮は読めないのに悲観して了った英語の小説を棚に返していた。薄っぺらな青い表紙が他の本の間におさまると、彼はやっと安心した様な気持になって窓際に出た。
大阪の商業高校に通っている佐多が、長髪を光らせて立っていた。中学中途でこの故郷を離れてK市に出た亮であったので、故郷には友人といっても少なかった。数は多かったが、心から打ち解けあえるものはなかった。佐多との場合もそうであった。
「何だ佐多か。上がって来いよ。」
「君の方で降りて来んか。手紙ことずかってるのや。」
「手紙?誰に。」と亮は尋ねた。
「さあ・・・。」佐多は一寸曖昧に笑って
「とにかく降りて来い。」
急な梯子段を降りて階下へ出ると、暑さが急に彼を取り囲んだ。亮は二階の涼しさを改めて感じながら道に出た。佐多はポケットに片手をつっこんで、一方の手に一通の手紙を握って立っていた。
「やあ、お待ち遠。一体誰からの手紙だ。」
「美しき女性からと行きたいとこやけど、そうは行かん。沼田先生からや。」
「沼田先生から? 一体何だろう。」
「見れば解る。」
亮は封筒を受け取ると、もう封の切られている手紙を開いた。
―――前略、退屈している事と思う。実は今日午後、御両人に是非来て頂きたいのだ。というのが実は冬休みの時にお話した田宮雅子から、今日来るとの知らせがあったので、御両君に幸福を頒ち与えようという殊勝なる主旨だ。小生も事の成り行きを見物して見たいから是非おいで下され度―――。
亮も佐多も小学校五、六年の時沼田先生のクラスだった。目の大きい快活な若い男の教師だった。尤も彼も亮達が中学の一年の時に結婚してからは多少世帯じみては来ていたが、まだ持ち前の瓢軽さと快活さとは失っていなかった。亮も佐多もそれまでに習った教師のうちでは沼田が一番懐しく、休みで帰省する度に彼の所に遊びに行くのが常であつた。先生というよりは年上の友達という様な気持を、彼等は沼田に抱いていた。そして沼田もそれを欲している様であった。
その前の冬の休暇に、亮は佐多と一緒に沼田先生の家を訪れた。沼田は珍しく着物をきちんと着込んでこたつに入っていたが、案内も乞わずに入って来た二人を見るといきなり
「おしい所に来たな。」そして煙草をもみ消しながら
「もう二十分早かったらな。」
「何か旨いものでもあったんですか。」佐多がすかさずそう尋ねた。
「いやそれもあるが、素晴らしい美人をお目に掛けるんだった。」
「美人って一体誰ですか。」亮は靴を脱ぎながら、「一体どんな美人ですか。」
「いや美人と言っちゃあ語弊があるが・・・」と前置きして沼田が話したのがこうだ。沼田が妻と二人で炬燵に入っていると、玄関で案内を乞う声が聞えた。妻の妹の声の様に思えたので「お上り。」と声を掛けたが一向に上って来ない。「貴方違うわよ。」と細君が出て行ったが、すぐに
「さ、お上りなさい。」と十五六――沼田は勿論満年令だと付け加えた――の女学生を伴って上って来た。
沼田は突嗟にその顔が思い出せなかった。見たことがある顔である事は確かだったが、すぐには誰か見分けがつかなかった。「先生今日は。」と少女は丁寧に頭を下げて「田宮雅子です。」沼田はその事は彼女を見た時から気付いていた様な気がしたが、やはり非常に意外な気持で少女を見た。少女は一寸はにかんで顔を赤くした。
亮達が小学校を卒業した後、沼田は村の沖にある小さい島の分教場に二年程過した。田宮雅子はその時の生徒だった。以前は都会に住んでいたのだそうだが、疎開、それに続く終戦後の混乱で、彼女は母親の実家のあるその島に帰っていた。田宮という名前を聞いた途端、それらの事が即座に沼田の頭に構成された。
「君たちに見せたかったっていうのはその子だよ。」と沼田は新しく新生に火をつけながら言った。「正直に言って驚いたね。島に居た時は可愛い子じゃあったけれどもまだほんの子供だった。それがなんてまあすばらしい美人になってるんだ。尤も君達より一つ年下なんだからまだ高校一年なんだけどね。純情可憐型のそりや良い娘になってるんだ。もしこいつが(と沼田は細君の方をあごでしゃくって)なかったら俺がラブするかも知れないな。いつだったか亮ちゃんだったか謙ちゃん(佐多)だったか、女の友達が欲しいって言ってたけど、あんなのを紹介してやったら、きっと大喜びだと思つてね。君達がやって来たら良いのになあと思ってたんだが、その時に来合わせなかつたのが残念だな。」
「そりゃ惜しい事をしましたな。」と亮は佐多の方を見ながらあごをなでた。
「もし先生もう一度来たら、是非知らせて下さいよ。」と佐多は念を押して「亮の為にね。」「そして謙公の為にね。」沼田と亮が一度にそう言いかけて、二人共途中でやめて了った。亮が改めて言いなおして三人で笑った。
沼田先生からの手紙は、その佐多への約束を果したものだった。亮は一寸面映ゆい気持で佐多に
「で君は行く積りか」
「勿論さ好機逸すべからずや。是非行くよ。君は?」
「君が行くのなら。だが凄い張り切り方だな。」
「うん。」と佐多は一寸笑って「君と同様にね。」
「よせよ。」と亮ははねつけて「でも正直に言うと、期待してないでもないな。」
亮は沼田先生の家で田宮雅子に引き合わされている自分を一寸想像して見た。どうもぎごちなくなりそうな不安がしきりだった。相手も寡黙で、自分も黙りこくって。どうも相手が自分に対して取り付きにくいという感じを受けはすまいかという予感が強かった。そして自分の無骨さが一寸はがゆく思われた。そんな場合佐多ならどうするだろう、と彼は考えた。彼ならうまく行きそうだった。彼女も彼の気の利いた、然し亮に言わせればうわついた冗談に白い歯を見せそうに思えた。佐多が愉快そうに笑っている側で、自分は気が利かぬげにむっとしている様子が目に見える様な気がした。急に佐多が忌々しくなった。彼は佐多の軽薄さを半ば軽蔑していたが、その佐多の位置に自分をすり替えたいと願った。
それらがすべて自分の仮定である事は勿論彼にも判っていたが、如何にもその空想は真実らしく思えた。その感情は明らかに真実らしく思えた。
佐多は黙って突っ立っていたが、
「じゃあ昼頃に行こう。誘いに来いよ。」
「うん。」と亮は一寸気のない返事をしたがすぐに「一寸楽しみじゃあるな。」そしてその事に気の進まぬ自分と、多大の期待を掛けている自分とがあい接していることを意識した。
佐多は母親のものらしい下駄を引きずって帰って行った。突っ掛けていた下駄を無意味にたたきに打ちつけながら、
「行ってみたいな。然し俺にはそんな事は性に合わないかも知れないな。どうもぎごちなくなりそうだな・・・。」と亮はひとり言を言っていた。
昼飯を済ませてからも、亮は軽いためらいを感じた。然し行って見たい気持の方が強かったし、そのためらいが一向に理由のないものの様にも彼には思えた。自分の無骨さも、自分が意識している程強いものではない様にも思えた。
「お母さん出て来ます。佐多と沼田先生のとこへ。」亮は母親に声を掛けて玄関を出た。そして又軽いためらいを感じた。まだ見たことのない少女に対して期待やためらいを感じるなんて、如何にも自分らしいな、と亮は思った。
外から声を掛けると、佐多は白の半ズボンに開襟で出て来た。亮を見ると
「おいこの半ズボンおかしいか。」
「いや別に。仲々スマートに見える。」
「そうかな。でもやっぱりよそう。」
佐多は奥へ引っ込んで行ったが、すぐに麻の長ズボンで出て来た。
「さあ行こう。」
佐多が何となくそわそわしている様子が亮には滑稽だった。この野郎恋人に会うみたいに気取ってやがる、と亮は思った。然しあんなにそわそわしている所を見ると、こいつ案外ウブな所があるのかも知れないと亮は考えた。そしておかしくなった。
佐多は時々何か言いたそうに口を動かした。それは亮も同じだった。田宮雅子について何か言うと相手にみくびられそうに思えた。そして相手が彼女に関して一口口をきけば、自分は十口利くだけの用意をお互いにしていた。暫くは二人共何も言わなかった。その癖二人とも、田宮雅子について存分に語りたがっていた。まさか競争意識ではあるまい、と亮は考えた。少し登りになった道の両端に、一段だけもうすっかり穂の出揃った田があった。
沼田の家に着くと、二人共解き放たれた様に饒舌になった。亮が「先生ん所へ来るのには、上り坂が大変ですね。」と通り一辺な事を言うのを引き取って、佐多は
「先生まだ彼女は来ませんか。」
沼田は二人を当分に見て笑った。
「まだ来ない。まあ上り給え。」
沼田は垢じみたランニングシャツに半ズボンをはいていた。
「朝の内、いもの草引きに行っててね。一寸待ってて呉れ給え。着替えてこよう。」沼田はそう言って奥に入って行った。
「上ろうか。」と佐多が言った。
「うん。」下駄を脱ぐと足が黒くよごれていたので亮は
「先生雑巾ありませんか。」と奥へ声を掛けた。
「探してみろ、その辺に坊主のおしめがある筈だ。足拭きにするんだろう。」
「へえおしめですか。」と佐多が頓狂な声を出した。「ああ、あったあった。先生これ一体きれいなんですか。」
「少しくらいよごれてたって構うものか。」と奥から沼田先生がどなり返した。
「ちぇっ、ひどい事言いやがる。」と佐多は舌を出して、黙ってその布切れで足を拭いていた。
「おい、一体大丈夫か。」と亮が笑うと
「知らぬが仏さ。これを見てみろ。先生の作業ズボンさ。おしめはそのへんに転がっているだろう。」佐多は無断でそのズボンを拝借して足を拭き、いかにも農家らしい雑然とした玄関に上った。亮もそのズボンで足を拭き、拭き終ると玄関の土間にそれを投げた。
部屋に入ると、沼田は浴衣がけになって団扇を使っていた。
「先生彼女一体今日来るんですか。」と亮が佐多の機先を制して言った。
「うん多分ね。」沼田は一寸後を向いて
「なあ、おい。今日二時過ぎの船で来るって言ってたな。おい。居ないのか。(二人の方に向き直って)女房のやつ出掛けてるらしい。とにかく来るっていうのは確かだよ。」
田宮雅子に関するさまざまな想像が、又亮の頭にわいた。それが彼には何となくてれ臭かった。どうも女性に引き合わされるなんて苦手だなと彼は考えた。期待外れじゃないかな、とも思った。佐多は先生に学生のみが持つ特有の明るさで尋ねていた。
「先生、その田宮っていうの、そんなに美人ですか。」
「うん。そうだな、なんて言ったら良いか・・・まあとにかく良いには違いないな。」
「そうですかな。百聞は一見に如かずですね。」
「うん。兎に角とっても感じの良い子だったよ。ある程度は世なれているし、それに清楚さは失ってないしね。」
亮は二人の会話を笑いながら聞いていたが
「身長はどのくらい。」
「そうだな、五尺一寸十二貫って所かな。」
「ふうん丁度適当ですな。」
亮の言葉尻をすかさず佐多が捕えて
「こいつ自分より背が高いかと思って聞いてやがる。どうだ五尺一寸って言うと君より低いか。」
「当り前さ。こう見えても二寸ある。」
「似たようなものさ。」と佐多は笑って
「時に牧村、株が大分上ったよ。」
「ほう、一体何を買ったんだ。」
「帝国人絹、三菱レーヨン、八幡製鉄。それだけだ。」
「近江絹糸はどうだ。今底をついている時に買っておいたら良いのじゃないか。」
「駄目さ。期限が休み一杯だもの。」
「本当に株を買ったのか。」と沼田先生が口を挟んだ。
「いや、仮定ですよ。こいつの学校の夏休みの宿題で、休み中にもうけた額、もちろんこれも仮定ですがね、それによって宿題の採点をするんだそうですよ。」と亮が説明した。
「へえ、成程ね。商業だからな。」と沼田は合槌を打って「もう来る筈なんだがな。」
亮も佐多も彼女を待ちくたびれていた。前の道を人が通る度に一寸緊張して耳を澄ませたりしたが、みんな違っていた。
「いやに遅いな。先生本当に来るんですか。」
「来る筈なんだがな。」
沼田は奥に言ってごそごそやっていたが、トランプを持ち出して来て「一つ占ってやろうか。」
「それには及びませんよ。」と答えて佐多は亮の方を向き
「君、ポーカーってのを知ってるか。」
「良くは知らない。」
「先生、一つやりましょうや。ポーカーってやつを。先生も知らないんでしょう。」
佐多は先生の手からカードを取り上げると、黙ってそれを繰り始めた。札を三人に等分に分けながら
「こうでもしなくっちゃ待ち遠しくってやり切れない。」
亮もそれに同感で
「うん俺も同様だ。」
トランプを数回勝負しても、誰もやって来る気配はなかった。佐多も亮も時々、時計に目をやっては、その自分に他の者の視線を感じると、照れ臭げに頭をかいたりしていた。
佐多がいきなりカードを投げ出して
「ああ、面白くない。すっかり期待外れだ。牧村、帰ろうか。」
「まあもう少し待ってみよう。」
「ちぇっ、仲々御執心だな。」
「正直に言ってね、俺の性格から、人にチャンスを作って貰わなけりゃ、女と口が利けない方なんだ。だから朝の君のせりふじゃないが、好機逸すべからずさ。」
佐多は投げ捨てたトランプを又拾い集めて丹念に繰っていた。
亮はその佐多の手許を見ていたが、玄関のあく音を耳にしたので
「さあ、来た。」
「おいでなすった。」と沼田は立ち上がって
「すぐこの部屋に通すぞ。」
佐多はトランプを床の間に置くと、亮に向って大声で
「時に、インドシナ休戦と我国との関係についてだね、ホーチーミンを民族主義者とみるか、或は単なるコミュニストとみるかによって、観点が違って来ると思うんだ。」
亮は初め一寸度肝を抜かれたが、すぐに佐多のことばの意味を覚って、「うん成程。」と答えて一寸舌を出した。
「その状況下にアメリカがどういう政策をとるか、毛沢東がどう動くか、君はどう思う。」と佐多は又大声で言って、急に小声で
「こんな話題は女学生には興味ないかな。」亮が吹き出しそうになったのを「しいっ。」と制して
「ローマの休日良かったよ。例のヘップバーンの髪型ね、いわゆるヘップスタイルとは大分違っているんだ。然しそんな事より、シナリオが良く出来てるね。日本のものに比べて。あの脚本は誰だったかな。ジョセフ・アンチョワーク(勿論架空の名前)だったかな。」
「おい違うらしいよ。」と亮が制した。沼田が一人で玄関から帰って来て
「違う違う隣の娘さ。」
「先生、もう彼女は来ませんよ。」と佐多はやけの様に言って、亮の方に向き直り
「おい牧村、君仲々神経が太いな。俺なんかもう上ってしまって随分そわそわしてたんだぜ。」
「俺も同様さ。玄関の方ばかり凝視して随分緊張してたんだ。」そう答えたものの、沼田が玄関に出ている間、自分がちっともためらいや不安を感じなかった事に、亮は気付いていた。それまでは随分、ためらい、不安がり、緊張していた癖に、いざとなると案外冷静になる自分が面白く思われた。
「もう帰ろう。」と彼は佐多に言った。名残り惜しい気はしたが、もう時刻は五時に近かった。
「惜しい事をしたな。」と佐多も立ち上がり
「先生、もし今度又連絡があったら、知らせて下さいよ。」
「よし解った。今日はお気の毒だったな。」そう言うと沼田も立って、二人を送って出た。
夕方になれば、もう涼しかった。ひぐらしが鳴いていた。
「あああ。」と佐多は大きな溜息をついて、「俺達先生にかつがれたんじゃないのかな。」
「さあ。」と亮も首をかしげた。
「そうかもしれないな。」と佐多は自分であいづちをうって、「あああ、馬鹿みた。」
亮は何となく快活になって来る自分を感じていた。何故だか知らないが、長い休暇も終りに近づいた頃の退屈感から解放されていた。惜しくはあったが不快ではなかった。やはり彼女が来なかった事が良かったかも知れないとも考えた。
何故ともなく快活になって彼は歩いた。その途中、ふと一つの想念に亮は捕われた。その前の角を曲ると、花束を抱えた少女に行き合う。少女は田宮雅子である。彼も直感でそれを知る。然し引き返すわけにも行かない。もしそんな事があったら、さぞかし残念に違いあるまい、と彼は想像した。
その角を曲る時、彼はそんな風な淡いためらいと期待を感じた。そして、その想念に捕えられた時頭に浮かんだ花束が、奇妙な現実感を伴って彼の頭の中に残っていた。そうして彼の頭の中の彼は、その花束にそわそわしていた。その事は彼を当惑させた。
彼はそんな気持で角を曲がった。道には誰も居なかった。蜻蛉が一匹草の葉に止まっていた。佐多がそっと手をのばすと、蜻蛉は素早く飛び去った。
「ちぇっ。」と佐多は大声で言って
「先生は一体俺達をかついだのかな。そんな筈はあるまいが・・・」
亮は頭の中の花束によってもたらされた、奇妙な現実感に当惑を感じていたが、又段々自分が快活になって来るのを意識していた。
* * * *
<古希過ぎた老人の追記>
高校(広島県呉三津田高校)2年生のとき、「短編小説を書け」という国語の宿題が出た。そのとき書いたのがこの作品である。担当の教師に褒められて、年1回発行の生徒会雑誌に掲載することになった。当時はいっぱしの文学少年の積りで、小説らしきものをいくつか書いた記憶もあるのだが、一応まとまっているのはこれくらいのものだったと記憶している。
いまとなってみると、いかにも幼稚な作品だという気がしないでもないが、「割りにうまく書いているな」と思う部分がないわけでもない。少なくとも、高校生だったから書けたものだという気はするし、私にとってはこの作品自体が懐かしい思い出でもある。
亮と佐多、沼田先生には、それぞれモデルがあり、亮は私の分身である。「その頃の私を、私自身がどのように見ていたのか」という意味では、今の私にとっては興味深いところもある。
ストーリー自体はほとんど架空のものなのだが、「沼田先生の教え子の美少女が沼田を訪ねて来たことがある」というのは「沼田先生」から実際に聞いた話で、それをヒントに、登場しないヒロインの田宮雅子が誕生した。
架空のストーリーではあるが、エピソードめいたものにはそれぞれ当時の体験を繋ぎ合わせたものもあり、ベトナムの話、ローマの休日の話、株の話と会社の名前など、今になってみると当時の世相を懐かしく思い出させてくれる。
現在の私の文章とは、文章の切り方、用字法などにはかなり違いがあり、誤字と思われるものもあるが、原文に忠実に、そのまま載せることにした。パソコンに入力していて、「一寸」という言葉がやたらに出て来るのも気になったが、これもそのままにしている。なお、作者が「西中眞二郎」でなく「西中真二郎」になっているが、昭和29年当時には漢字の使用がかなり制約されており、「眞」という旧字体は印刷の活字にもあまりなかったようで、私自身もそれに妥協して、「真」という新字体を使っていたようだ。ついでに言えば、その後社会人になって役所勤めをするようになってからも、役所から貰った辞令や、国会の議事録などは、すべて「真二郎」になっている。「眞二郎」が公認(?)されるようになったのは、比較的最近になってパソコンが普及し、活字に頼らなくても済むようになってからのような印象が強い。
冒頭にも書いたように、いまさらブログに載せるのも恥ずかしい代物ではあるのだが、私にとっては懐かしい思い出に繋がるものでもあるので、この際思い切って載せることにしようと決断(?)したところだ。