題詠100首選歌集(その30)

 いよいよゴールデンウィーク。仕事を離れた身としては関係ない話だが、やはり昔々からの惰性で、何となく心が弾むような気がしないでもない。今日も晴れ。でも風は結構冷たい。


 <ご存じない方のために、時折書いている注釈>
 五十嵐きよみさんという歌人の方が主催しておられるネット短歌の催し(100の題が示され、その順を追ってトラックバックで投稿して行くシステム)に私も参加して5年目になる。まず私の投稿を終えた後、例年「選歌集」をまとめ、終了後に「百人一首」を作っており、今年もその積りでまず選歌を手掛けている。至って勝手気まま、かつ刹那的な判断による私的な選歌であり、ご不満の方も多いかと思うが、何の権威もない遊びごころの産物ということで、お許し頂きたい。
 主催者のブログに25首以上貯まった題から選歌して、原則としてそれが10題貯まったら「選歌集」としてまとめることにしている。なお、題の次の数字は、主催者のブログに表示されたトラックバックの件数を利用しているが、誤投稿や二重投稿もあるので、実作品の数とは必ずしも一致していない。




            選歌集・その30


001:笑(275〜300)
(斗南まこと)微笑めばひかりは君に降り注ぐそれはひとつの祈りのかたち
(市川周)静かなる笑いのもれる水槽で田螺(たにし)が海の夢をみている
(田中ましろ) 笑いつつブラのホックを片腕ではずせるくらい大人になった
(21世界SUZUTO) 大丈夫 私はやって ゆけるから さみしがり屋の 笑みは強がり
(nnote)名づけられ棄てられ焼却炉の底へ人形夢見がちな微笑み
(くまさん)本名の後ろにいつも(笑)付いちゃうようなそんな人生
(kei)谺には色がありますこの時間なら橙色の笑い声
(bubbles-goto)笑いがお夢の遅さでひるがえり水槽高くエイが横切る
015:型(152〜178)
(nnote)生きている証得るため街角でAB型の血を少し抜く
(宵月冴音) 居心地のいいカフェの客もマスターもみーんなB型だった雨の日
019:ノート(127〜151)
(あみー) 世界から忘れられててほっとする 3ページだけ使ったノート
(沼尻つた子)デスノートに記したき名をただひとつ抱き深更の新宿をゆく
(ゆき)ひと冬の恋の記憶を積み込みて遠ざかりゆくスノートレイン
(こゆり)手つかずの課題ばかりが山積みでノートの端に書くその名前
(やや)この先に何を描こう出発(たびだち)の朝にひらいた大学ノート
020:貧(126〜151)
(A.I) 貧すれど日々は美し(うるはし) 食パンの耳に砂糖をまぶして齧る
(酒井景二朗) この指の億でもきかぬ惡業が貧乏籤をまた引き當てる
(振戸りく) 本当の貧しさなんか知らなくて明日のお米の心配もない
(英田柚有子)貧しさをさがすみたいに気がつくと手首の骨をさすってばかり
032:世界(76〜100)
(かりやす)宗教の勧誘だつた 友達になれさうだつた 過去形となりし地獄の世界説く女(ひと)
(詠時)焦げてなおサンマはまぶた無き眼(まなこ)死語の世界の吾を見つめる
(五十嵐きよみ)受け継いだ良識に似て古びても捨て得ぬ『世界文学全集』
(流水)地下鉄の連絡通路絡み合う閉じた世界に棲む影法師
033:冠(78〜102)
(春待) 花冠には甘いため息編みこんで君を虜にするキスをする
(木下奏)遠ざけた星の数だけ憧れが冠みたいに重圧となる
(五十嵐きよみ) 「私たち」と呼ぶをためらう関係の不定冠詞のようなあやうさ
石畑由紀子) カレンダーに王冠を描くもう二度と逢うことのないひとの記念日
(流水)言えぬまま違(たが)えてしまった約束に冠動脈の奥まで痛い
039:広(52〜76)
(ふみまろ)帯広の妻に戻りしかの人の便りは来ずや馬鈴薯を買ふ
(野州)測られる広さのやうに鎮まりぬかの日の夏の雲映す水
(秋月あまね) ゆっくりと水かさを増すサンマルコ広場が空を捉えはじめる
(木下奏)お気に入りプレイリストを再生し歩いていれば世界は広い
(中村成志) 突っ伏せるだけの広さがあればいい個室の中はまだ午前2時
040:すみれ(53〜77)
(ふみまろ)遺影にも春は来たれりすみれ挿す笑み温もりてしらぐしの祖母
(髭彦)鉢植ゑのすみれの花とわが職の共に終りて春の深まる
野州) 躓きてのめりながらにすみれ草人買橋のたもと暮れゆく
(木下奏)すみれいろしている心がぼんやりと夢に溶けては消える春の日
(花夢)すみれ色の闇夜を縫って逢いにゆく嬉しさだけで生かされている
(春待) すみれ色アメジストリング欲しがりし君は来月十六となる
(こすぎ) 偶然にネイルはすみれ雨上がりショウウインドウで過去と向き合う
053:妊娠(26〜51)
(チッピッピ)妊娠を夫へ何と告げようか メールの件名「パパへ」と入力
(はこべ)妊娠の猫が闊歩す街角の道の草々何と囃すか
ウクレレ)ラーメンを食べつつ妊娠告げられてナルト見つめる眼鏡が曇る
088:編(1〜25)
松木秀)みずからの過去を編集しておりぬ歌集という名つく紙の束
jonny)編集をされた事実を渡されて僕の思想はどこかが歪む
(鳥羽省三)妻が編み吾が着て旧りしセーターの綻びにけり棄てむと思ふ
(船坂圭之介)吊るされて四肢のあるがに夕映えを拒みつつ編む蓑虫の孤高
(梅田啓子)わが歌をひとつの本に纏めたし逝く五年まへ編年体
(チッピッピ)ひと針に込める思いは気まぐれでだから編み目の長さが違う