題詠100首選歌集(その33)

 ゴールデンウィークも終わった。「毎日が日曜日」の身には関係ないはずの話ではあるが、長年の惰性からか、一抹の寂寥感は禁じ得ない。選歌の在庫は思ったほどは増えなかった。


        選歌集・その33


005:調(239〜264)
(ちりピ)体調はいかがでしょうか 今私雨という名の町に住んでます
(廉)終わらない予定調和をはみ出してみたい年頃 三十五歳
(長月ミカ) 心まで調えられたらいいのにと野菜炒めに塩胡椒振る
009:ふわふわ(204〜228)
(千坂麻緒)やくそくのあまさ 遠くの飛行機のひかっているのがふわふわ見える
(sora) 呆れるほどの空の青さにふわふわの半端な気持ちを持て余してる
(紫月雲)母として終わる一日の慰みにふわふわの生キャラメルひとつ
(原 梓)ふわふわのお菓子のような言葉だけ連ねた詩(うた)を破って棄てた
(ちりピ)まだ夢のなかでわたしはくらしてます わたげがふわふわとんで春です
012:達(185〜209)
(佐原みつる) 配達を終えたバイクが次々と郵便局へ戻るゆうぐれ
013:カタカナ(178〜203)
(こゆり) 「おとうさん」その呼び方とカタカナの読み方だけは忘れない祖母
(にいざき なん)照れくさくカタカナ使った恋文を高台の固いベンチに隠す
(かずみん)「事」の字をわざと「コト」って書いてみるカタカナ表記かわいい気がして
022:職(126〜150)
(間遠 浪)「職業が家出少女のともだちがあたしを少しこわしていった」
(nnote) チェックする項目のない職業欄「その他」がかばんのように空いている
(振戸りく)丁寧に退職願を書くために書道セットは捨てないでおく
(キャサリン)端的に表現できず限りなく無給に近く「無職」と書きぬ
027:既(105〜129)
(村木美月)責めたてていながら既に許してるしたたかなほど我も女だ
(理阿弥)曇天に既視のあしたを重ね見き寂寞汁がジュワと満ちたり
(松原なぎ) みな既に蝕まれゆく贄として祭りの夜にさざめく水面
(ろくもじ) 既出した言葉をうまく打ち込んで愛されているあたしをつくる
(emi) 書きかけの手紙書き終わらないまま既に過ぎゆく八十八夜
(ゆき) 窓際の部長のデスクの上にある既決の箱にはいる夕暮れ
041:越(52〜77)
(春待) ファイル閉じため息吐いて持ち越せば仕事は明日も残業となる
(風天のぼ)三越の屋上に立つ日章旗 昭和の夏の風のぬるさよ
(七十路ばば独り言)秋立てば藍染めの布で荷を担ぎ薬持ち来ぬ越中の男
042:クリック(51〜75)
(ふみまろ) クリックの先で見つめる手弱女(たおやめ)がくわえてみせるカーソルの指
(磯野カヅオ)少将の百夜通ひもこの世ではワンクリックで訪ひにけり
(中村成志)逃げ出せる世界を持った幸せよクリック音(おん)を最小にして
(風天のぼ)カーソルはこれかあれかと迷いつつ右クリックで汝を確かめる
(吉里)クリックでシーンが変わる夢を見る今日の憂鬱明日は薔薇色
(暮夜 宴) 離婚するために象牙の実印をワンクリックで買うこどもの日
045:幕(51〜75)
(春待) 幕引きは自分で決めるこの恋はメールでなんか終われないから
(水口涼子)雷鳴は終幕なのか始まりか君には何が見えているのか
(新田瑛)閉幕ののち訪れる静寂が僕に空しい気持ちを強いる
(暮夜 宴)一枚の離婚届で済まされる呆気ないほどヤワな幕切れ
(西野明日香)幕引きのタイミングさえつかめずに冷めた紅茶に落とした砂糖
057:縁(26〜50)
(蓮野 唯)アドレスが縁と縁とを取り持って無理なく絆深めてくれる
(行方祐美) 縁のなき二人だったと諦めて薄いケータイぺたんと閉じた
(チッピッピ) 縁あって見ることできた満開の桜目に沁む弘前の春
(七五三ひな) こっそりと君の黒縁メガネ取る永遠(とわ)の夢から目覚めぬように
(久哲) ほら丸く鋭利な月の縁側で切られた鳩の細切れ銀河
ウクレレ) いつも絵は額縁ばかり褒められて今日もスーツをビシッと決める
(野州)夕暮れの電信柱に耳をあて縁なきひとの消息を聴く
(秋月あまね) 無理をして合わせていたかも知れぬこと 雨後の晴れ間のような絶縁
095:卓(1〜25)
(鳥羽省三) かくありし時過ぎ二人の子の在れば宵は囲めり麻雀卓を
(梅田啓子) 完全なるかたちに卓に止まりをり打たるる前の秋の夜の蚊は
(はこべ)演卓に白玉椿清々と咲いておるなり源氏の講座