題詠100首選歌集(その34)

 一足飛びに夏の陽気だ。「夏の風邪はバカが引く」というが、お蔭で少々風邪気味だ。季節の変化に老体が追いついて行けないというところか。どうということのない鼻風邪程度のものだが、これから本来の涼しさに戻ったところでこじらさないように用心しなければなるまい。


     選歌集・その34


014:煮(178〜202)
(文) とろ火にて里芋を煮るひと息に剣先をさく春のくりやに
(sora) 煮崩れた南瓜のやうな毎日を紡いでやうやう1年になる
(佐原みつる) くらくらと冬瓜を煮るキッチンに昼と夜との境界がある
017:解(156〜180)
(新野みどり) 君からの答えがないから片恋は空中分解して風となる
(文)舌のへに解熱剤おきくる春を持つこともなく身は横たはる
(しおり)明日の朝如何にと悩む間もくれず帯はするりと解かれており
018:格差(156〜183)
(たかし)格差など無縁のはずのこの花に日当たりがいい悪いの格差
(駒沢直) 格差なら越えてみせるが僕たちの永遠(とわ)に縮まることなき歳の差
(しおり)辛うじて格差社会の中の下に身を置く吾の幸せさがし
028:透明(104〜129)
(月下 桜)透明という名の色があるように今も右手で握りしめてる
(天国ななお) 望むなら追い風となる透明に広がる風の真ん中にいる
(村木美月) 透明になる寸前に君からの着信音で引き戻される
(みずたまり) 透明な光をもろてに抱きかかえまっさかさまに吹く初夏の風
029:くしゃくしゃ(103〜127)
(ほたる) くしゃくしゃのタオルケットが離せずに待つことだけに慣らされていく
(nnote) くしゃくしゃの髪して笑う子供いて「何にもない」が心地よい午後
(新野みどり) くしゃくしゃに笑って彼を見つめてた海辺の朝が蘇る夏
030:牛(103〜129)
(月下 桜)牛ってね四角くって大きいね時間の流れが止まっているね
(ほたる)牛乳に浸したままのビスケット罪悪感の連鎖は続く
(七十路ばば独り言)手作りで父が建てたる牛小屋の屋根も傾き故郷は過疎
(理阿弥) ずずぶりと踝までは仄温く時は蝸牛のふり装って
(みずたまり) ゆっくりと這う蝸牛 銀河系の数なんて数えない方がいい
(emi)牛酪を焦がして今日の始まりがまったりとゆく外は雨です
043:係(52〜76)
(はづき生)関係はこの一枚で途切れると信じてテストみたいに書いた
(中村成志)幾重もの光と影に立ち会った戸籍係の席にブーケを
(新田瑛) 関係を深めるごとに伸びてゆく光 まぶたを焼き尽くすまで
(西野明日香) 関係を確かめきれぬ目の先のあなたが見上げる時計が嫌い
044:わさび(52〜76)
(野州)渓に沿ひ降りてわさび田に遇ふところ携帯ラヂオはダービー伝ふ
(春待)失恋をしました今日は泣きたくてわさび多めの貝をください
(nnote)共感の波紋の外で見る夕日わさびアイスはゆるくて甘い
046:常識(51〜75)
(天野ねい)何一つ奪えなくってまた今日も常識を抱き締めておやすみ
(木下奏)常識にがんじがらめにされかけてブレイクビーツに救われている
(新田瑛)常識と非常識とのはざまにて許されている納豆アイス
097:断(1〜25)
jonny)確かなる判断基準もないくせにあなたは僕を嫌いになった
(みずき)我が脳の斯くけざやかな断面図 空蝉おちて夏の小寒
(夏実麦太朗)飲み会の誘いを断りきれなくて微妙な笑みを浮かべうなずく
(梅田啓子) そこだけが騒めき断たれゐるごとし落合監督坐るベンチは
(チッピッピ)断れぬわけを知りつつ休出の夫を詰る日曜の朝
(理阿弥)手のひらに鎖の痛さ診断を受けたかえりの冬のブランコ