題詠100首選歌集(その39)

          選歌集・その39


007:ランチ(236〜260)
(yuko) ひとり居てベンチシートに広げたる花柄悲しランチョンマット
(冬鳥)「…雨ですね」 みずのにおいはゆっくりと袖からみちるビジネスランチ
(羽うさぎ) ランチにはまだ早いからぎこちないふたりの言葉を口に運ぼう
027:既(130〜154)
(新野みどり)既視感のある街並みを通り抜け5月の陽射しに包まれている
(村本希理子) 電線は撓みを持てり ゆふぐれは既に死にたる者の目をして
(美木) 既視感を覚えるような毎日を壊したことも既視感の中
(酒井景二朗)現代に既に通用せぬ本に挾まれてゐる蚊の二三匹
(兎六) もう既に終わった話なぞるたび英雄達がくりかえし死ぬ
028:透明(130〜154)
(橘 みちよ)透明な目のおく深く泉わく猫とふ小さき獣を愛す
(新野みどり)夏の陽を浴びつつ水を飲み干して透明になる 君に会いたい
(のびのび)透明なコンソメスープの鍋底に掬い忘れた疑惑が沈む
(ぷよよん) 透明になれないわたしの中心がキュンと鳴くから月夜は怖い
(笹本奈緒)わからないのに手を挙げている 透明なつり革つかむような指先
(みぎわ) 桜海老が地を染めてゐる夜の底 性愛の身を透明(すきとほ)らせる
030:牛(130〜156)
(空色ぴりか)ばあちゃんと行った松の湯の思い出は少し温めのフルーツ牛乳
(村本希理子)感情は不足気味です牛乳をコップで飲む日グラスで飲む日
(櫻井ひなた)コトコトと煮込まれていた牛すじを噛みしめている結婚前夜
(みぎわ)アルクトゥルス赤く瞬く東(ひむかし)の天より地より牛追ひの唄
038:→(102〜126)
(都季)→(ベクトル)の原点だけは同じ場所 どんどんどんどん離れていくね
(羽うさぎ)→(やじるし)を逆に行きたくなる癖は鯉の時代の記憶のなごり
042:クリック(76〜100)
(イマイ)曇天はひとりひとりをうつむかせクリックの音が響く午後二時
(羽うさぎ)クリックを繰り返すたびに指先が冷えて機械のからだにかわる
 (村木美月)幾たびもクリック重ねたどりつくようなやさしさもどかしいひと
(新野みどり)青空と海の写真をクリックしひとりの時間は満たされていく
051:言い訳(52〜76)
(たざわよしなお)後付の言い訳をずっと考えていた雨の晩に白ツツジ咲く
(かりやす) 言ひ訳をよしとせぬなど言ひ訳し言葉を尽くすことを怠ける
(冥亭)予想屋の言い訳せるを聞き流し帰路は首筋さむき夕空
(髭彦)腹周り容貌(かほ)に言ひ訳きかぬもの顕れやすき年齢(とし)とはなりぬ
(原田 町)言い訳は聞くふりをして激辛の麻婆豆腐テーブルに置く
(KARI−RING)「心配だ」と素直に言えばいいものをしどろもどろと言い訳をする
(nnote) 言い訳を積み重ねては崩してる初夏の図書館無音木漏れ日
052:縄(51〜75)
(かりやす)喪服の腰に藁縄しめる習はしを祖母の葬儀で初めて知りぬ
(髭彦)ガンジーの名を冠る人沖縄にありたることを吾は忘れじ
(中村成志)浜降の御輿は前を通り過ぎ潮引く後に落ちる藁縄
(羽うさぎ)恋愛を語るつもりが語られて自縄自縛のあなたをほどく
054:首(51〜75)
(たざわよしなお) ふたりとも話題は尽きてラジオでは首都高4号線が渋滞
(羽うさぎ)あなたにはあなたの祈り首すじに揺るぎない意志にじませながら
(西野明日香)どの道も君には辿りつけなくて首都高速に引き戻される
067:フルート(26〜50)
(蓮野 唯)白い路地角を曲がればフルートが遠く聴こえて心は異国
(七五三ひな)傍らでフルート吹く君眺めつつ鍵盤さぐりし夜更けにけり
 (行方祐美) フルートの音色のような夏柑がくるんくるんと光を返す
(羽うさぎ) フルートの音色ながれる放課後の冷えたくちびる こぼせぬ言葉