題詠100首選歌集(その44)

           選歌集・その44



010:街(237〜261)
(泉)この街にゐるはずの人想ひけり首夏の日差しの地下道出口
(草野つゆ)市街地に出るのがちょっとおっくうな場所に住んでるわたしが好きだ
(けぇぴん) 遠景に犬一匹と人ひとり置きて暮れゆく街の片隅
(ムラニシミツナ)夏の風 街のすきまをすべってく もう半そでを着たい今日です
(短歌サミット2009.X崎JAPAN) 街灯の一つ一つにあの夏の君のなみだのつづきがみえる
(丸山程) なにもかも変わってしまったこの街をこれからもずっとふるさとと呼ぶ
(椎名時慈)お互いの住む真ん中に街があり暮らすことなく詳しくなった
019:ノート(178〜202)
(佐原みつる)リングノートのリングを指でなぞりつつ在るはずもない未来を思う
(sora)画ノートの表紙の色の褪せゆきて麻紐結わけばきゅつきゅつと鳴く
(一夜) 夏の日の汗ばむ腕に抱かれて ノートの文字も滲む放課後
020:貧(177〜201)
(紫月雲)あの頃は貧しかったと振り返るその頃出会っていてもよかった
(美久月 陽) くしゃくしゃのシーツの上に残された貧しいからだを両腕で抱く
(佐藤羽美) 貧血のふわりと暗い塊にうずもれてゆく叔父の葬式
025:氷(151〜175) 
(みぎわ) 氷襲(こほりがさね)色目の枕くぼみをり若き患者の朝つつがなし
(岡本雅哉)ため息を吐けばたちまちそそり立つ樹氷の中にあなたは眠る
(文)モノクロの写真南氷洋上に蓮葉氷のただようてをり
(一夜)顔中の溢れる汗も拭わずに かき氷食む夏の日の吾子
034:序(126〜150)
(橘 みちよ) 序破急に一生(ひとよ)終へたしいたづらにたそがれの身を生かさるるより
(bubbles-goto) 『航空史』序章めくれば名も知れぬ墜落者たちこぼれる五月
047:警(79〜103)
(五十嵐きよみ) 降る雨にヘッドライトも警笛も行き先さえもにじんで溶ける
(流水) 警戒を解(ほど)いてしまった心には成るようにしか成らぬ悦び
(村木美月) 警笛は鳴ったのでしょうさよならの気配に耳をふさいだあの日
060:引退(51〜75)
(羽うさぎ)引退はできないだろう いつまでもママと呼ばれるゆるい束縛
(西野明日香) 「もうわしは引退やあ」と近頃は言わなくなった父が居眠る
(詩月めぐ)先輩の引退試合グランドの隅で見つめるだけの片恋
(ぷよよん) アイホールあててる氷冷たくて引退前夜はひりりと痛い
063:ゆらり(52〜76)
(こうめ)てんとう虫 窓と網戸の中にゐて逃がせばゆらりと梅雨のにおいす
(西野明日香)一組の洗濯物がゆらゆらり薫りもせずに春を漂う
076:住(26〜50)
(理阿弥)駅舎への近道みつけ驚けり住み慣れたこの街去る朝に
(ふみまろ)住む人を失くせる庭に何ごともなかつたやうにゆれる秋桜
(羽うさぎ)きみの住む町まで駅はあといくつ霧雨けむる窓はつめたい
(只野ハル) 訪ね来た住処の跡に佇めば人無き村に架く白真弓
080:午後(26〜50)
(チッピッピ) 「ただいま」の子供の声で母になり女の仮面脱ぎ捨てる午後
(木下奏)午後という感覚もなくまどろみの中ただ惰眠を貪る春の日
(行方祐美)午後からの雨やわらかな音を立つ最後の切り札潜めるらしき
(新井蜜) 白壁に我が影うつす午後二時のあの日とおなじ太陽の位置
(羽うさぎ)長雨に空気ふやける午後のバス傘はひとしく手すりにゆれる
(のびのび)お布団がワゴンRの屋根の上午後の陽射しを吸い込んで、夏
(野州) 漂へばカレーの匂ひ退屈な日曜の午後をねこと語らふ