題詠100首選歌集(その56)

 大雨、地震、台風と天災が続く。東京も我が家のあたりは格別のことはなく、ちょっと拍子抜けしたくらいだが、「天災は忘れないうちにまた来る」のがこのところの傾向のようだ。今日あたりからやっと夏空が広がった。しばらくは夏空が続くようだ。余り暑いのも閉口だが、やはり夏は暑くなければ物足りないとも思う。


   選歌集・その56

030:牛(182〜206)
(お気楽堂) 学校で越冬したか去年より野太き声で鳴く牛蛙
(すいこ) その色でありますように一日がただ真っ白な牛乳を飲む
(如月綾) 牡牛座と獅子座の相性占いが日課になってるここ1ヶ月
(千坂麻緒)木曜日牛肉4割引の日と覚える我をひとりたのしむ  
036:意図(152〜176)
(穂ノ木芽央) いとしさの意図さぐらむとみどりごはふいになきやみてのひらひらく
(お気楽堂) 適当で構わなければ意図的に職業欄は主婦で済ませる
(ワンコ山田) 逃げ込めばひとりは得意図書館の薄暗がりにエデンは潜む
038:→(152〜176) 
(天鈿女聖) 12番出口は→(みぎ)に従って未来はぎゅっと閉ざされていく
(お気楽堂) 軽や愚より鈍かもしれぬ→(ベクトル)をつけて私を表すならば
043:係(129〜153)
(萱野芙蓉)身動きのできぬ関係あぢさゐは仲よし小よし炎天に萎ゆ
(酒井景二朗)厄を過ぎ遂に哀愁係數が頭頂部迄及びはじめた
(沼尻つた子)係累を持ち得ぬチワワねむりおり去勢済とう貼紙のもと
054:首(101〜126)
(ほきいぬ)あとはもう足首からめ眠るだけ ベッドの下には脱いだ役柄
(佐藤羽美) ワープロに百首の歌を芽吹かせて星降る夜に落とす電源
(振戸りく) 逆立ちの足首を持ち補助をする 獲物を掴むような感じで
055:式(102〜126)
(酒井景二朗) 式神が放たれたまま歸らない月蝕はもうすぐといふのに
(都季)密やかな真夏の儀式 取り出したビー玉ふたつ川に葬る
(橘 みちよ) この紙を式神に変へ離れ病む子のもと父のもとへ遣りたし 
056:アドレス(101〜125)
(Re:)メールアドレスを自然に聞くための理由を探し続けた5月
(振戸りく) メモリから消去されても記憶から消去されないメールアドレス
(都季)「川岸の大きな栗の木の上」がひと夏だけの僕らのアドレス
(橘 みちよ) 亡き祖母のアドレス帳に記されてもはや無き家消えし町名 
060:引退(76〜100)
(流水)引退という名目で捨てられて花束棄てずに帰る定年
(五十嵐きよみ)引退という語を献上したくなる古い時計が運び出される
(tafots) 「いい加減この子引退させようか」茶碗のひびをなぞれり母は
(青野ことり) 花道は哀しい景色 引退のそののちのこと問われもしない
(萱野芙蓉)引退をさせるともなくオリヴェッティおもたく跳ねる文字をいとしむ
(月下燕)喚声をかき消すようなまぶしさのテンカウント聞く引退試合
(emi) グランドの土ならしては少年のスパイク光る引退の朝
石畑由紀子)とくとくと心音ふたつ引退のできない道に母子手帳咲く
062:坂(77〜102) 
(村木美月)ゆるやかにくねる坂道かけおりて頬なでていく風のやさしき
(イマイ) 教材は四冊以上 ゆるやかに坂道のぼる午後ははじまる
(青野ことり)ベランダは音だけ花火 たまらずに坂の途中へサンダルでいく
063:ゆらり(77〜101)
(流水)また酒に思い出ゆらり消えてゆく狡(こす)い暮らしに上書きされて
(五十嵐きよみ)街中が午睡のさなか夢を見るように氷がゆらりと溶ける
(村木美月) かなしみの淵からゆらり押し寄せる波紋がひとつ胸にしみこむ
(祢莉)早朝のぶらんこゆらりひとりきり今から始まる時を見ている
(イマイ)ふりむけばゆらりと赤い立葵わたしはいつまでここにいますか
(虫武一俊)目の前がゆらりと揺らぐこともなくいつも向き合わされる絶望
(青野ことり)ハンカチがすっかり湿り道の先ゆらりゆらめく夏の昼まえ
(佐藤羽美)ポロックの絵画の奥にいらだちが雨が梢がゆらりともえる