題詠100首選歌集(その60)

 いつの間にか秋めいて来て、庭からは虫の声が聞こえる。もっとも日中出掛けたら、結構暑い日差しに照り付けられた。
 はじめの方の題が、私が勝手に決めた規定数に達したので開いてみたら、何人かの常連の実力者の方々のお名前を、今年になってはじめて拝見した。旧知の方に久し振りにお会いしたような懐かしさを感じたところだ。


<ご存じない方のために、時折書いている注釈>

 五十嵐きよみさんという歌人の方が主催しておられるネット短歌の催し(100の題が示され、その順を追ってトラックバックで投稿して行くシステム)に私も参加して5年目になる。まず私の投稿を終えた後、例年「選歌集」をまとめ、終了後に「百人一首」を作っており、今年もその積りでまず選歌を手掛けている。至って勝手気まま、かつ刹那的な判断による私的な選歌であり、ご不満の方も多いかと思うが、何の権威もない遊びごころの産物ということで、お許し頂きたい。
 主催者のブログに25首以上貯まった題から選歌して、原則としてそれが10題貯まったら「選歌集」としてまとめることにしている。なお、題の次の数字は、主催者のブログに表示されたトラックバックの件数を利用しているが、誤投稿や二重投稿もあるので、実作品の数とは必ずしも一致していない。

          

            選歌集・その60


004:ひだまり(304〜328)
(祥)ひだまりの新居はどこか余所行きで爪を切る音がこんなにも響く
(片秀)ひだまりに猫と老婆はつきものでうつらうつらと昔語りす
今泉洋子) 冬の夜の喜びとしてふんはりと蒲団のひだまり抱きて眠る
(近藤かすみ)一日に一度は天使が来るといふ六甲駅のホーム ひだまり
(内田かおり) ふわふわと落ちて小さき影ひとつ綿毛は光るひだまりの角
011:嫉妬(256〜280)
(わらじ虫) 堂々と嫉妬のできる性格を羨みながら食べる干し柿
(稚春) 嫉妬していることを暗に示すためワインレッドのセーターを着る
今泉洋子)われに棲む嫉妬の気持ち払ふごとさわさと楠の葉の揺れ止まず
(近藤かすみ)こころまだ熱ければ湧く嫉妬心をんな偏なりわが裡に棲む
(春畑 茜) 嫉妬とふ言葉に女ふたりあり葉月のをんな卯月のをんな
017:解(232〜256)
(睡蓮。) 若き日の魔法なかなか解けなくていまだに君が夢に出てくる
今泉洋子)茶室での虚飾剥ぐごと帯解きて寝ころがりつつ読む「へうげもの
042:クリック(151〜175)
(田中彼方) クリックをして、また灯す。液晶に君への手紙は書きかけのまま。
(桑原憂太郎)3年間の担任業務のデータをワンクリックであっさりと消す
(ワンコ山田)金魚鉢・夕凪・朝焼け・土星の輪 クリックで解く記憶のもつれ
(紫月雲) じつとりと未練がましいこの部屋にクリック音の乾いた響き
(やすまる)その秋の画面の隅に現われた君をクリックして落ちる恋
050:災(131〜156)
(みなと)卒業の記念にいちまい撮られてたスーツのぼくと火災報知機
(bubbles-goto) 次々とパンフレットは広げられカラフルに咲く災害保険
(紫月雲) 災いは冷えたつま先から来たりクロモジの香の湯に足放つ
060:引退(101〜125)
(花夢)いつのまに風は引退したのだろう 澱んだままで老いる気がする
(ほたる)引退をしていく人の背中には踊り疲れた天使がとまる
070:CD(77〜103)
(藤野唯)すっかりとほこりをかぶった思い出をCDコンポと分かち合う夜
(ほたる)順番に並ぶ記憶が切なくてアトランダムにCDを聴く
(帯一鐘信)CDは同じ速さで回ってるキスした晩も別れた朝も
071:痩(76〜100)
(nnote)夏痩せて砂地をつたう浜昼顔少女のままの影が紛れる
(ほたる) 痩せていく猫の背中の鍵盤をなぞれば生命(いのち)のか細さ響く
085:クリスマス(51〜75)
(nnote)クリスマスだねってデスクの向こうからココア一杯分のやさしさ
(ことり)さよならはクリスマスの朝告げましたフランス窓を開け放ちつつ
086:符(51〜76)
(中村成志)『カルメン』の八分音符のヒゲだけを塗り潰すうちまた夜が来る
(ことり) うす青き冬の切符を握りしめいつかひとりになるための眠り